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小説 『フライハイ』 (2)
第2話 幻のバンド
二〇〇一年四月、フライハイ——ボーカリストのELICA(大高えりか)、キーボードプレイヤーの高見香、ギタリストの渡邉昇、ドラマーの木嶋翔平、そしてリーダーでベーシストのハカセこと飛田博士の五人——は、彼らの大学卒業と同時にメジャー・レーベルからアルバム・デビューした。
カシオペアの野呂一生をプロデューサーに迎え、大学在学中から制作に臨んだデビューアルバム『Fly High』は彼らの自信作だった。しかし、一世を風靡したフュージョン・ブームが去っていたせいか、スラングで「成功する」という意味を持つアルバムタイトルとは裏腹に、アルバムのセールスは期待に届かずに伸び悩んだ。
メンバー個々の歌唱力や演奏能力は高く評価され、アルバムに収録された楽曲も批評家や音楽関係者の間では度々話題に上っていたが、YouTubeやSNSなど個人が発信出来るメディアが普及していないその時代に、彼らの持つ魅力が多くの人々に知れ渡るのにはある種の幸運を必要としていた。そんなタイミングで、その年の秋に開催される初の東京ベイ・ジャズ・フェスティバルへの出演が決まった。
その当時、国内では四年前から開催されていたフジロックフェスティバルが大きな盛り上がりを見せていた一方で、かつて海外から多くのジャズプレイヤーが訪れて数々の名演奏を繰り広げたライブ・アンダー・ザ・スカイが終了してすでに八年が経過し、大規模なジャズイベントはしばらく影を潜めていた。
ちょうどそんな時期に、東京お台場では国内最大の常設野外ステージとして「お台場野外音楽堂」の建設が進められていた。そのこけら落としとしてスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに匹敵する本格的なジャズフェスティバルが企画され、大手ビールメーカーをはじめ多数の企業のバックアップを得て、二〇〇一年九月に東京ベイ・ジャズ・フェスティバルが開催される運びとなった。
出演者はジャズだけに留まらず、モントルーのようにブルースやソウルも網羅し、ジャズ系のイベントとしては国内で過去最大規模となり、海外から招聘するゲストミュージシャンはモントルー並み、或いはそれ以上に豪華な顔ぶれだった。
一日目のステージは、アル・ジャロウ、ジョージ・デューク、トゥーツ・シールマンズ、デビッド・サンボーンと続き、ラストは全員による一大セッションで幕を閉じる。
二日目は、チック・コリア、ゲイリー・ピーコック、パット・マルティーノ、ウェイン・ショーター、そして日本では人気の高いボーカリストのマリーナ・ショウがフィナーレを務める。
最終日は、ブルースの帝王B.B.キング、ソウルの女王アレサ・フランクリン、そしてジャズ・ピアニストのハンク・ジョーンズが弟のドラマー、エルビン・ジョーンズと共演し、全ての伝統を受け継いだマイケル・ブレッカーが全イベントのクロージングを飾る。
そんな夢のようなイベントのオープニングは各日程とも国内アーティストが務めることになっていたが、初日のオープニングアクトに抜擢されたのが半年前にデビューしたばかりのフライハイだった。
フライハイの五人にとって、海外からも注目を集める国内最大のジャズ・イベントへの出演は大きなステップになる。彼らはそのチャンスを生かして世界に飛び出していく自分たちの姿をイメージし、メンバーたちは毎夜のように目の前に広がる未来の夢を語り合った。
ところがある事件をきっかけに、フライハイはイベントの僅か一週間前に突如参加辞退を表明し、ボーカルのELICA一人が、急遽カシオペアのサポートを得てオープニングのステージを務めた。
二〇〇一年九月二十二日から三日連続で開催された第一回東京ベイ・ジャズ・フェスティバルは、初日こそ雨になったが、二日目からは天候にも恵まれて終日満員の観客を集めた。
しかし、イベントに唯一の汚点を残したフライハイは、マスコミや音楽関係者など各方面からの非難を浴び、プロ・デビュー後たった五ヶ月で空中分解——つまり解散することになった。メンバーはそれぞれ別の道を歩み始めたが、それが彼らフライハイが一部の音楽ファンに「幻のバンド」と呼ばれる所以だった。
(第3話へつづく)
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![加藤 猿実(Sarumi Kato)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/58596185/profile_efcacb2c06a09c4cad91139d6bc50d2c.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)