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連載小説『この世界に、私の名はない』第1話


🕰 目覚めと違和感


目覚めとともに、違和感があった。

頭がぼんやりとする。昨夜は夢を見たはずなのに、何も思い出せない。

スマホを手に取り、いつものようにSNSを開く。

「……?」

プロフィール欄に違和感を覚えた。

アイコンはそのまま。けれど、そこにあるはずの名前が、ない。

設定ミスかと思い、編集画面を開く。

が、入力しようとした瞬間、指が止まった。

書けない。

何度試しても、脳が拒絶するかのように、指先が動かない。

心臓が早鐘を打ち始める。

ロック画面を確認する。メールの送信履歴を開く。

──どこにも、名前がない。

送信者の欄が、空白になっている。

自分の名前が、消えている。

「そんなはずはない……。」

震える手でノートを開き、ペンを握る。

紙の上に、自分の名前を書こうとする。

──指が止まる。

力を込めても、ペン先が動かない。

名前を思い出そうとするほど、意識が真っ白になっていく。

「……どういうこと?」

冷たい汗が背筋を伝う。

スマホのカメラを開き、そこに映る自分を見る。

顔は変わらない。

けれど、自分が何者だったのか、何をしていたのか。

────わからない。

自分の存在そのものが、薄れていくような感覚に、息が詰まる。

LINEを開く。

家族の名前、友人の名前はある。だが、自分の名前だけが、どこにもない。

通話ボタンを押す。

ツーツー……ツーツー……

呼び出し音が鳴る。

「……もしもし?」

相手の声が聞こえた。

震える指先でスマホを握りしめ、声を絞り出す。

「ねえ、私の名前、覚えてる?」

沈黙。

「え……?」

まるで、向こうも 「忘れてしまったこと」 に気づいたような、戸惑った声だった。

──私は、誰なんだろう?



🏢 消えた存在

「……大丈夫、きっと職場に行けば。」

そう自分に言い聞かせながら、オフィスビルのエントランスをくぐる。

いつもと同じ光景。スーツ姿の人々が行き交い、受付では警備員が訪問者のチェックをしている。

エレベーターに乗り込み、フロアのボタンを押す。

静かに流れる音楽が、不気味なほど耳に刺さった。

「おはようございます。」

オフィスの扉を開け、いつものように声をかける。

けれど、誰も振り向かない。

──まるで、存在しないかのように。

「……おはようございます!」

もう一度、少し強めに声を出した。

すると、一人の同僚がこちらを向いた。

「あ……えっと……?」

困惑した表情。 まるで「誰だったっけ」と考えているかのような間。

「お、おはよう。」

ようやく絞り出したような声で、ぎこちなく挨拶を返される。

他の人たちも、不審そうにこちらを見ている。

「……どうしたの?」

「えっと、ごめん。なんか……違和感が……。」

「違和感?」

「うん、なんか……変な感じがするんだよね。顔は知ってる気がするのに……。」

それ以上、言葉が続かない。

背筋が凍った。

「まさか……。」

急いで自分のデスクへ向かう。

パソコンの電源を入れ、ログイン画面を見る。

──IDがない。

「……は?」

何度も試す。 けれど、ユーザー名が違うというエラーメッセージしか出てこない。

メールアプリを開く。

同僚たちのアドレスは並んでいるのに、自分のメールボックスがない。

「待って……これ、どういう……。」

震える手で社員証を取り出す。

──そこに書かれていたはずの 名前が、消えていた。

「……誰か、私のことを覚えてる?」

恐る恐る聞いた。

沈黙。

皆、気まずそうな表情を浮かべる。

「いや……あの……えっと……。」

「ごめん。顔は知ってるんだけど、名前が……思い出せない。」

「え……。」

頭が真っ白になる。

誰も、私の名前を知らない。

いや、それだけじゃない。

まるで 「私という存在が、最初からこの職場になかった」 かのような感覚。

「そんな……はず……。」

立ち尽くす私の肩を、誰かがそっと叩いた。

「ねえ。」

耳元で、誰かが囁いた。

振り向くと、そこには……見知らぬ猿のような存在 がいた。

「やっと見つけたよ。」

にやりと笑う、その存在。

「君が “最初の一人” みたいだね。」

──さるきーが、現れた。


「名前が消えた」だけじゃない? この世界には、まだ何かが隠されている── 続きは次回、お楽しみに。

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