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1分で読めない短編小説 心の形 2話_キリキリマンジュロの深々煎りコーヒー


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カフェテリアで物思いにふける絵描きの青年に、おじいさんが話しかけた。
ここは人通りの多い道にあるカフェテリアなので、喧騒もに包まれ、混雑している。

「絵描きさん。お隣良いかな?」

おじいさんは、絵描きの青年が座っている小さな円卓の隣の空席を指差して、同意を待つ。

「あ、おじいさん。どうぞどうぞ」

おじいさんは、ここらでは物識りで有名で、そのまま【物識り爺さん】なんて呼ばれたりする。

「絵描きさんどうされましたか?なんだか浮かない顔をしていましたよ。」
 
絵描きの青年と物識り爺さんは顔馴染みで、
タイミングが合えば、しばらく雑談するくらいには仲が良かった。

青年は、少し考え

「少女の描いた絵を・・・見たんです。
それは私には出せない色だと感じてしまいました。
絵描き才能。
言葉にしなくとも伝わり、見た瞬間に魅了する。
そんな・・・正しい絵描きの姿を見たような気がするんです。」
 
青年の言葉を聞いたおじいさんは、不思議そうに

「絵描きさんの絵も人を魅力しているではありませんか?
絵描きさんの絵を見て、笑顔になって話している姿を良く見ますよ?」

絵描きの青年はありがとうございますと、困ったように笑うと、
「私には絵の才能がそこまでないのです。
絵の才能がないから、言葉を使って、言葉で絵に感情移入させているんです。

だから、言葉を使えない個展では人が集まらない。
私を知らない人には僕の絵はなんの価値もないのです。」

絵描きの青年は少し間を空け、少しバツが悪そうに。

「縁を切った父からは、お前は詩人か、さもなくば詐欺師の才能がある。
絵なんてものに固執するんじゃない、と言われた事があります。
私は・・・人々を魅了する、絵描きになりたかったんです。
昔、美術館で見たあの絵画のように、見た瞬間に囚われ、周りの喧騒が消え、目が離せなくなる。
そんな・・・正しい絵描きになりたかった。」

俯いた青年に、物識り爺さんは少し考え、運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、

「絵描きさんは、【正しく】の語源をご存知かな?」

青年は、下を向いたまま、「いいえ」と答えた。

「正しくの語源は、【他(た)らしく】
つまり【他人らしく】から来ているんです。」

「えっ・・・・」

おじいさんは続けた。

「そもそも正しく、とはなんでしょう?

それは、【自分以外から見た視点】にほかなりません。
例えば、自分が良いからと人を傷つけては、正しく在れません。
正しくないものは排除される。
不特定多数からの視点。それが正しさなんです。

つまり、正しさとは、他らしさ。自分以外の事なんです。」
 
青年は言葉を失い、何かを言いたげにおじいさんを見ている。
しかし、言葉が出てこない。

「・・・絵描きさん」

おじいさんの言葉に青年は、ハッと我に返って。

「は・・・はい!」
と、反射的に返事をした。

「安心してください。あなたに詐欺師の才能はありませんよ。」

青年はどういうことかわからないと言う表情をした。

「今の【正しい】の由来は、全部嘘です。」

「えっ・・・!」

青年は思わず立ち上がった。

「絵描きさん。あなたは些か、優しすぎる。表情にも出すぎる。あなたに詐欺師の才能はありません。
人を魅了する言葉の才能はあるのでしょう。
また、言葉に魅了されたとはいえ、絵を買おうと思うほどの物を書く能力もあるのでしょう。
あなたが持っている能力はそれです。」

絵描きさんは、戸惑った表情をしている。
正しいの語源は嘘だと、おじいさんは言う。
おじいさんは本当の事を嘘だと言うような人ではないので、本当に嘘なんだろう。

ただ、問題なのは、嘘だとしても、本当だとしても、
今なお、「私」がその言葉を否定出来ないことだ。
「他人らしい絵描きを目指していたのではないか」
と言うことを否定出来ないことだ。

しばらく考えていると、おじいさんは、コーヒーにミルクと砂糖を2つ入れた。

「絵描きさん。実はさっき、無理をしてブラックのコーヒーを飲んだんです。
わしのような[物識り爺さん]なんて呼ばれている人はブラックのコーヒーが似合うでしょう?
でもね、実はわしは甘党なんです。」

それはまるでいたずらっ子の様に、おじいさんは笑った。

そのあまりにも無垢な笑い顔に、絵描きの青年もつられて少し笑った。

「あー、いいですね。少し苦味が抜けました。」
そういって、ミルクと砂糖で薄茶色になったコーヒーを一口飲んで

「ねぇ、絵描きさん。
【た】を捨ててみるのはどうでしょう?
正しくの【た】を。
他らしくの【た】を。
そうすると、残るのは【らしく】

絵描きさんらしい、絵を書いてください。
絵描きさんの作品の中には、言葉から生まれた絵もあるでしょう?
それならば、そのすべてが絵描きさんのらしさだと思います。

そう言う全部を含めて、私は、絵描きさんのファンですよ。」

と言って、自身の飲んだコーヒーの代金を支払って、おじいさんは行ってしまった。

一人残された絵描きの青年は、椅子に腰掛け、おじいさんに言われた言葉を、反芻している。

喧騒が消えたようだ。
いや、おじいさんとの話の途中から、周りの声など聞こえなくなっていた。

「わたし・・・らしくか・・・」
絵描きの青年はしばらくその言葉を、繰り返していた。

ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。
絵描きの青年は頼んでいない。
おじいさんが支払いの時に、青年にと、頼んで行ったのだという。

「当店自慢の、キリキリマンジュロの深々煎りコーヒーです。」

このカフェのコーヒーは、遠方からも人が来るくらい人気のコーヒーと言うのは聞いていたが、
絵描きの青年は飲むのがはじめてだった。
「にっっっっっがいっ!!!!」
これが人気だなんて信じられない!

絵描きの青年はミルクと砂糖を3つ入れて、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

真っ黒だったコーヒーは、ミルクと砂糖が混ざって溶けて、薄茶色になっていた。


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絵描きの青年は少女の無垢な「才能」に魅せられた

まさか二話目で1分で読めない短編小説になると思ってなかった。

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