第6章 02 地域に新しいチャレンジを創出する
定期マーケット10か条
まずは具体的に運営していく上で重要な、定期マーケット10か条を紹介します。
サルトが初めてマーケットの立ち上げと運営をしたのが2007年3月から始まった「枚方宿くらわんか五六市」。場所は大阪府枚方市(ひらかたし)。枚方市は大阪と京都のちょうど間にある、所謂ベッドタウンです。
人口はつい最近まで増加傾向で40万人を超える自治体ですが、当時の「枚方市駅」周辺のビルは三越が抜け、近鉄が抜け、昭和の再開発ビルは市役所が税金で下支えをするといった様相で、瀕死状態でした。
人口が増えてもまちは元気にならないという典型だと思います。現在は、枚方発祥であるTSUTAYAさんのおかげで駅周辺ビルのリニューアルが進んみ、再々開発も勢いを増していますが、当時は地元愛のある方に助けられて命拾いをしたなあと感じてました。
当時の枚方は、大阪へも京都へも電車で20分の好立地にありながら、まちは衰退するという悲しい現実。
枚方で始まった月1回の定期マーケットですが、当時はそんなイベントなんて一度も企画も運営もしたことがありませんでした。
この10か条も当時何も分からなかった自分たちが学んだこと、そしてその時に反面教師として感じたことを元に整理してみました。
(1)意思決定を早める組織づくり
枚方市での仕事は、師匠の会社であるコム計画研究所に丁稚奉公していた2000年、枚方宿という宿場町のまちなみ再生から始まりました。
当時国交省の制度要綱を活用した「街なみ環境整備事業」を適用して、地元の合意形成を進める組織「枚方宿地区まちづくり協議会」が発足しました。
この協議会は街なみ環境整備事業のコンセンサスをとる組織ですが、毎月の五六市をするために、毎度この組織にお伺いをかけるのは面倒です。
なので、下部組織をつくり、そのまた下に「枚方宿くらわんか五六市実行委員会」を立ち上げました。コンセンサスから少し離れた場所で実行部隊を分ける、スカンクワークスですね。やりたいことをやりたいように出来るチームづくり。
毎月1回のマーケットを運営するために、実行委員会では様々な意思決定をする必要があります。出店者の当選落選、毎月起こる問題への対処、広報PRへの出費判断。
しかも月1回なので、意思決定は早くないとダメ。上記協議会のような図体のデカイ組織では回せないわけです。
つまり、とにかく実行に移すまでに意思決定を素早くできる組織づくりが肝心です。
おじいちゃんが集まる協議会で、日程調整を市の担当者がして、議論するお題目と想定問答集を考えていては進まない。
当たり前ですが、定期マーケットは普通の事業であり、意思決定は素早くが当たり前。そのような組織づくりとその維持(時と共に、意思決定に色んな人を巻き込まない)は経営の第一歩です。
(2)みんなのニーズは満たせない
さて次に、まちづくりでイベントをしようとすると、すぐに出てくるのが「みんなが喜ぶイベント」というもっともらしい意見です。
無理です。そんなこと。
リソース(人・モノ・金・時間)が小さい組織が、みんなのニーズを満たせるわけがない。何度も書いている通り、みんなにと言ったとたん、誰にも届かない。
それにも関わらず、「みんなのために」という曖昧なものが多い。誰も批判しない、誰も文句を言わないスローガンは、全く役に立たない。
「みんなのため」というゴールを、どうやって達成させるかを考えるのが重要であって、叫んだり幻想を抱いたりしてもだめ。
限りあるリソースを意識してプロセスをデザインすることで、最終的に「みんなのために」なるように仕掛けるのがプロだと思います。
最終的に多くの人が喜んでもらえるように、どんな人がこのまちに来て欲しいのかを考えて、そこから広まる仕組みをつくる。
五六市では当時、枚方に住む小さな子どもがいるお母さんをメインのお客さんとして設定しました(なかなか雑で当時らしい)。
そして、どうやったらその層に来てもらえるのか、ということに集中して取り組んできました。五六市に来ていただければ分かりますが、今では老若男女・毎月約4,000人が訪れる枚方でもっとも認知度の高いイベントになっています。
(3)小さくはじめて育てる
五六市は、現在200店舗が出店する定期マーケットですが、当初は約30店舗から始まりました。
京阪本線「枚方市駅」から「枚方公園駅」の間、約1kmの個人住宅も共同住宅も店舗もある雑多な雰囲気の住宅地のような街道筋で開催される五六市。
当初から200店舗で4,000人も来たら、恐らく大きな反対運動が起こったと思います。開催当時、五六市は自分たちが手の届く範囲である30店舗から始めました。
そのため地域へのインパクトはあまり大きくなかった。でも、だんだんだんだん大きくなっていきました。結果として地域の方々も、いつの間にか慣れてしまう、いい意味で茹で蛙理論だったんだと思います。
また、いきなり大きなリソース(補助金を含む)を使って、インパクトのあるイベント、面白いイベントという人がいますが、それは打ち上げ花火みたいなもので、地域には浸透しません。むしろ被害がでかい。
インパクトとか面白いとか言っていると、次回にそれを超える無駄な努力をするようになる。
その努力は、まちが良くなることとは全く関係がないから、資源が無駄遣いされてしまいます。
まちづくりをしているのであって、イベントはツール。奇を衒っても意味は無いわけです。まちを変える仕組みとして、自分たちのリソースを意識して小さくはじめて育てることで、地域の実情にフィットした仕組みになっていくと思います。
(4)SNSをフル活用
現在の五六市は、毎月4,000人もの集客があり、出店者も応募が200店舗以上あるイベントです。
でも、スタートした当初は、お客さんも来ない、出店者さんも集まらない、お金もない。とても大変なスタートでした。
当時、SNSはまだまだ浸透していませんでした。しかし現在はSNS全盛期。五六市以降に立ち上げた丹波や大阪芦原橋、伊賀上野、大阪南港、兵庫三田、大東等などでは、Facebookやツイッター(当時)、Instagramをフル活用することで、来場者さんはもちろん、出店者さんもマーケットのファンになってもらう仕組みを取り入れています。
SNSが持つ武器は拡散機能。来場者さんや出店者さんが共感するような記事を、運営側が丁寧にアップしていくことがポイントです。
現在ではそれぞれのマーケットの広報PRは、ほとんどSNSが主流となり、紙媒体を大量に制作することに比べ時間も広報費用もぐっと抑えることができます。(紙媒体が必要無いわけではない)
(5)遠くの客より近くの市民
イベントをすると、すぐに遠くから来場してもらうことを考えがちですが、五六市も、またそれ以降のマーケットも、まずは近くの人に来てもらえることを中心に考えます。
それは、定期マーケットを集客イベントではなく、まちを変える仕組みと捉えているからです。商売は足元3割。近くの人に愛されない商売は継続しにくいのが現実です。地域のお客さんが繰り返し来てくれる状況が可視化できないと、新しい市場創造なんてできません。
また、当たり前のことだと思うのですが、仮に地域として観光を標榜したとしても、観光客が一番うれしいのは、地域に愛されているお店に行くことです。飲食店に入って、地元の人で賑わっているところで地元の料理を食べたいというのが素直な気持ちだと思います。
孔子は2500年前に語っています。論語の中に「近き者説び(よろこび)、遠き者来る」という言葉があるように、それが真理です。
元来観光地ではなかったところで、観光客向けの商品開発やメニュー、もちろんお土産物屋なんて、その手の悪徳コンサルの餌食なだけだと思います。まずは足元の顧客をどう捉え、地場を固めつつ、まちの新しい価値をどうやってつくりだすのかがポイントになります。
(6)毎月1回定期開催し、事務作業を定型化する
毎月第2日曜日は五六市の日。
開催日を簡単に覚えてもらえる定期市。結果、SNSをフル活用、遠くの客より市民というポイントと合わせ、広報費用を大きく抑えることができます。
一定エリアの人に覚えてもらい、その人が友人に伝えやすくすることが大切です。だいたいイベントというと、予算の半分程度を広報費が占めてしまいますが、本当にもったいない。
毎月4,000人、年間5万人程度が来場する五六市の広報予算は、サルトが関わっていた当時では年間およそ10万円程度。
毎月200店舗で出店料は約4,000円なので年間収入は約1,000万円。
広報費は1%です。 また、定期開催により事務作業を定型化することで、関係者がそのリズムで動くことに慣れていきます。
出店申込の締切期限、出店者の確定、出店者のブース割のタイムリミット、SNS等広報のスタート時期、当日資料の作成。
年1回のイベントだとみんな忘れてしまうし、その時にしたらいいやになる。大きなイベントは、みんな本当に一所懸命がんばって、疲れ果てて、どっかーんと打ち上げして、反省点も打ち上げて、そして毎年同じことを悩むのが常な気がします。
反省会と称して関係者の労いだけの会になってないでしょうか。
月1回の定期マーケットの場合、毎月打ち上げしている場合じゃない。それよりも、すぐにやってくる毎月開催のために、効率よく問題点を見つけて改善策を次月に試行。
円滑なマネジメントに向けたマイナーチェンジを繰り返して質を高め、最適化していく、つまりアジャイル開発のような仕組みを取り入れられるのが毎月1回の定期開催による大きなメリットです。
最初から多くの人のニーズを満たすことはできないけれど、毎月、毎月マイナーチェンジを繰り返していくことで、結果的に多くのニーズを満たせるイベントになっていく。
調査・分析・計画・実行を早く回すことで最適化されるわけです。
(7)ネット申込だけにする
当時の五六市は郵送での申込も受け付けていましたが、他のマーケットでは申込受付はネットだけにしています。
事務作業の定型化と並んで、とにかくマネジメント費用を抑えるためには、いろんな申込に対応しないこと。これも「みんなのために」とか言っていると決断できないわけです。
メールの使い方が分からない人を相手にすると、電話だったり郵送作業だったりと、時間をとられる作業が増えます。自分たちのリソースをどこに集中させるのか。
メールが使える層に絞って、丁寧に対応することで、出店者の満足度は向上していきます。最近ではLINEがチャット形式で出店者さんとの直接やり取りも簡易で便利です。
複数の申込方法に対応して出店者のマネジメント業務に時間がかかると、SNS等での広報業務の時間を取りにくくなります。マーケット全体として、どこにリソースを使うことが、全体の成否を決めるのか、限られたリソースの認識はとても大切だと思います。
余談ですが、申込や問い合わせをネットのみにすると、その履歴が残るので、言った言わないという問題が起こらない。これは本当に大切で、このようなことに時間を取られないようにするためにも、対応をネットに絞ることはメリット大です。
完全な個人的偏見ですし経験則ですが、ネットを使えない人に限ってクレームも多い気がします。当時すべてのマーケットでの電話対応は私の携帯電話に繋がるようにしていました。
その時の先方の対応や話し方等で感じていることですが、真実な気がします。そうではない方を敵に回したいわけではありませんのであしからず。
(8)出店者の当落はマーケットの肝
マーケットで一番苦労するのが出店者集め。多い時は100店舗が落選する五六市。最初の頃はとても苦労しました。
ただし、こちらのコンセプトに合わない出店者はお断りするという姿勢を当初から持ち続けていたことが最も大切であったと感じています。マーケットが達成した目的や、訴求したいイメージを常に意識することが大切です。
出店者の数を集めることがマーケットの成功ではなく、質が問題。あくまで、地域の新しい価値を作り出してくれるのはどんな人なのか、そこを考えた出店者の選定が肝心です。商店街で、会員店舗ができるだけたくさん参加した方が良いという、お客さんを無視した何のためにやってんのか分からない共助主義的なイベントと一線を画すのはこの辺り。
将来のまちの顧客となり得る、こちらが来て欲しい層に本当に響く出店者なのかどうか。出店者が少ない時でも、歯を食いしばって良い出店者のスカウティングを続けること。
平等とか、変な仲間意識に同情しないこと、内部評価ではなく来てもらいたい層の評価を大切にすること。
マーケットの主役は出店者なので、出店者によって表現されるものが、ニアイコールでマーケットが訴求するイメージになります。出店数を集めることが目標ではなく、自分たちがイメージしたマーケットを作り上げることが目標。その時、出店者の当落はマーケットの肝となるわけです。
(9)1割の来場者が残りの9割を呼ぶ
誰がこの地域を好きになってくれるのか。この問いに応えることは、「まちの期待値」を上げるための最大のポイントになります。
まちの期待値を上げるのは「未来のお客さん」です。
もちろんまちづくりをしている以上、将来地域の人みんなが地域のことを好きなってほしいのは当然。でもそんな「みんな」という心地良いフレーズを叫んだところで、地域が変わらなければ、結局、誰も満足させることはできず、地域は衰退していくだけ。
何度も書くように、自分たちのリソースが限られている時にみんなを対象にするのは、結局誰にも伝わらないし、無駄でしか無い。まずどんな人がこの地域を好きになってくれて、この地域の新しい価値に気づいて、多くの人に広めてくれるのか。そのことによって地域の新しい市場創造が起こる。
このことを毎月1回実際に試してみるのが定期マーケット。出店者が提供する価値を通じて、毎月一定の層である「未来のお客さん」が地域にやってくるように仕掛けます。
このお客さんの中の一定層である約1割は、とても特別な存在だと思っています。この1割が、他の来場者や出店者を呼んでくる。
マーケットの集客は、もちろん出店者の質に大きく関係しますが、それと同じくらい、この1割の層の影響も大きい。人は人を集客する。これまで地域に来てなかった素敵な層が来場していることで、実は他の多くの人が来たくなるマーケットになる。
この法則に気づいてからは、SNS等を使って、こちらのイメージにぴったりな出店者さん・来場者さんを紹介するという取り組みをしています。もちろん、マーケットの写真を撮影する時もカメラマンには、どのような人が入った写真を積極的に撮るようディレクションをするのが当然になるわけです。
来場するお客さんを拒むことはありませんが、誰が来て欲しいのかを決めて取り組むことは、何よりも重要。
コンセプトとは、誰に・何を・どうやって。一番大切なのは、「誰に」なのかです。コンセプトを単なる耳障りの良いキャッチフレーズだと思ったら大間違い。「誰に」が肝心です。
(10)補助金に頼らない
そろそろ普通になってきましたが、補助金が無いと続かないイベントをしても意味がありません。
それにも関わらず、国(特に経済産業省)や自治体は商店街のイベントに今でも大盤振る舞いで補助金を出しているのは、本当に無駄無意味で自律心を奪う逆効果。
昔からの朋友であるAIAの木下斉を含め大キャンペーンを張ってますが、即刻やめて欲しいと思います。もう叫ぶのも無意味過ぎるという感じやけど。
効果が無いことぐらい頭の良い官僚は分かってそうだけど、中間組織を活かすためか?と勘ぐりたくなる程です。アドバイザーとか、サポートなんとかとか、地域を本気で変えることができる能力の有る人がいたらもっと変わってもよさそうなものだけどと思ってしまいます。
さて、言うまでもありませんが、独立採算でイベントを回せる方法を考えないと、継続できません。マーケットの場合、経験上3年程度で効果がはっきりとしてくるので、単年度ではダメ。
もちろん、まちづくりとして実施することなので、初動期への公的資金、公共空間活用や、行政や関係者の当日運営等への人的物的支援もあって良いと思います。
ただし、マネジメントを行うスタッフの人件費や広報費、定常経費がしっかり稼げるマーケットにしないと続けられません。もちろんマーケットだけで稼ぐのではなく、別の方法を組み合わせることでも構いませんが、自分たちで采配できる運営費は稼ぎたいところです。
以上の10か条を高速で紹介しました。さて次は定期マーケットを集客イベントではなく、プラットフォームとして機能させるための5つの要素を整理して定期マーケットの話を終えたいと思います。
この本全体の目次
第1章 21世紀の都市計画家
・自己紹介
・枚方宿くらわんか五六市
・ダーコラボラトリLLP
・株式会社ご近所
・一般社団法人リイド
・株式会社サルッガラボ
・ビーローカルパートナーズ
・STAY local
・株式会社THE MARKET
・ポップベイパートナーズ
第2章 まちづくりとは
・そもそも、まちづくりって?
・まちづくりの誤解
・対処療法は熱しやすく冷めやすい
・まちが衰退する原因
・変遷するまちの役割
・まちには兆しがある
・未来は今ある真実から生まれる
・オススメの作法
・まちづくりとは何か
第3章 これまでとこれから
・未曾有の人口縮退
・みんなという幻想が成立した時代
・個性、能力、才能を活かす時代へ
・人口が減る時代を楽しく生きる法則
第4章 都市計画とは
・都市計画は時代に合わせた処方箋
・21世紀の都市の在り方
・都市の多様性
・しなやかで反脆い都市へ
・多様性を担保し生み出す
・都市経営課題とリソースの問題
・都市計画の主導権は民間へ
・限られたリソースを最大限活かす
・時と共に最適化する仕組み「アジャイル開発」
・人にフォーカス 未来のお客さんを想定する
第5章 少数派がまちを変える
・まちが衰退する原因の裏側で
・身銭を切ってまちを面白がる少数派
・少数派から多数派へ
・「絞って愛情深く」でファンを増やす
・ファンがファンを増やす時代
・ゴールはみんなのために
第6章 地域に新しいチャレンジを創出する
・答えのない時代に答えを出すには
・まちの期待値を高める定期マーケット
・まちの新陳代謝昨日を活性化させる
・定期マーケット10か条
・定期マーケットはプラットフォーム
・【コラム:衰退プロセスと根源治療】
第7章 ご近所を素敵に変えよう
・ご近所のイメージ
・天王寺まで自転車で10分
・バイローカルとは?
・良き商いを守り育てる
・「どっぷり昭和町」
・バイローカルの日
・365日バイローカルマップ
・期待されるまち、選ばれるまちへ
・THE MARKETのおいしい革命
・ご近所の変化、現在進行形のTHE MARKET
第8章 新しい都市計画(序論)
・日常の自己肯定感の低い日本
・大阪の人は京都が嫌い、京都の人は大阪が嫌い
・試行錯誤する上での羅針盤
・建てないことが正義へ
・複合・混合・多様へ
・自分・少数派へ
・行動しながら変化へ
・しなやか・反脆さへ
・小さい(身銭を切る)へ
・内を意識へ
・目に見えないものへ
・未来ありき(playful Driven)へ
・新しい都市計画