日本の強みを理解した国際教育協力とはーより良い教員への支援を目指して

こんにちは、理事の畠山です。10月5日は世界教師デーです。日本ではあまり認知度が高くない日ですが、ユネスコが提唱している記念日で、子供が教育を受けられる権利を実現する上で大きな役割を果たしている教師に感謝をしようという日です。

教育政策は、中央政府・地方政府・コミュニティ・学校・教室と様々なレイヤーから構成され、その全てがしっかり機能していないと有意義な教育を実現することは難しいのですが、実際に子供達に対面しているのは教員なわけで、最も重要な役割を担っている、なんてことは私がイチイチ書くまでもないことだと思います。

また、代表の荒木が働いていたGlobal Partnership for Education(GPE)は、途上国の政府に対して政府予算の2割を教育に割くように勧めていますが、もちろん国に拠りますが、多くの国々で教育予算の大半(7-9割)は教員を中心とする人件費に費やされます。つまり、教員給与は、政府予算の中でもかなり大きな割合を占めるもので、これを真面目に考慮することなく教育政策をあれこれ論じるのは、正にElephant in the roomと言えるでしょう。

このように、教員政策は教育政策の要である一方で、非常に複雑な物でもあります。なぜなら、教員政策は、教員養成・教員採用(教員免許)・教員配置・教員給与(昇進)・教員研修という多くの要素が有機的に作用しながら存在するものだからです。

この教員政策の中でも近年非常に注目を集めているものがあります。それは、教員のコーチング・メンターシップです。ブラウン大学のクラフト先生達が2018年に出版した論文によると、教員のコーチングに関する60の論文のメタアナリシスをしてみたら、教員のコーチングは子供の学力に対して平均して0.18S.Dの効果があったそうです。この効果量が大きいのか小さいのか分からん、というのが一般的に想定されるリアクションですが、同じくブラウン大学のクラフト先生が2020年に出版した論文は、教育政策・プロジェクトの効果量を解釈するための論文で、これに基づくと0.18S.D.という効果量は、上位30%ぐらいに入る有望な教育政策だと言えます。出版バイアスや、貧困層にターゲットを絞ったものではない点、また実施するコストを考慮すれば、教員のコーチングは、教員政策の中でも最も効果が約束された政策の一つであると言っても過言ではないでしょう。

話の順番が前後してしまいましたが、教員のコーチングって何?という読者もいるかもしれません。教員のコーチングとは、途上国でユニセフが実施しているようなChild-Friendlyな教育を目指した教員研修、のようなものとは異なり、上から何かをone-size-fits-allで研修するのではなく、教員達が日々の仕事の中で困っている事や教授法などについて個別にフィードバックを受け取る事です。

日本人の国際教育協力関係者の中には、日本の教育学部を出たわけではないけどイギリスやアメリカの大学院で学んでこの業界に来る人も少なからずいるので(私が2007年に東大の教育学部を卒業して、神戸大学の国際協力研究科に進学した時、非教員養成系の教育学部出身者という背景が珍しがられた程です)、ピンとこない方もいるかもしれませんが、日本の教育関係者の方ならこの説明を聞いて、これって教員の自主研修や授業研究のことではないかと思われたことでしょう。

そう、その通りです。教員のコーチングとは、ほぼほぼ日本の教員の自主研修の活動そのものなのです。しかし、クラフト先生の論文では、教員のコーチングを大規模に展開することは今の所あまり上手くいっていないことが言及されていますし、途上国に授業研究のスタイルを持ち込んでも持続しなかったという話もよく聞きます。

日本では教員のコーチングが自主研修という形で自発的に大規模に行われ、日本の教育が国際学力調査で常に世界トップレベルの成績を残し続けている一つの要因となっているのに、米国や途上国ではなぜこれが上手くいかないのでしょうか?この問に対して、逆になぜ日本では教員の自主研修が存在しているのかを分析した博士論文があります。

この論文の情報を見ると、私と同じ神戸大学の国際協力研究科を修了している留学生が執筆していて、謝辞には世界銀行の畠山勝太氏と私の名前が言及されています。…そうです、実はこの博士論文はサルタック・シクシャのネパール側の創始者が執筆したものです。ここ数年、国際教育政策でも教員のコーチングが注目を集めているので、博論でこのトピックに注目したとは先見の明がありますなぁと先日言ってみた所、自分が進んでいるのではなく日本の先生達が進んでいたんだと言っていました。これまで、日本の教員配置システムなど、日本の教育の強みを解説することもありましたが、私も日本の教育の最大の強みは、この教員の自主研修にあると踏んでいて、日本が行う国際教育協力はこれこそ途上国に輸出するべきだし、教員政策は有機的に絡み合っていることから、国際機関の支援で少なくない途上国に広まってしまった教員の自主研修の成立を不可能にしている英米式の教員政策ではなく、これをスクラップして、この教員の自主研修が実現するような形で他の教員政策が再構築される必要があると考えています。

そこで今回は、世界教師デーを記念して、このサルタック・ネパール初代代表の博士論文を起点として、日本の強みを活かした国際教育協力とはどのようなものであるのかを話していこうと思います。

(世界教師デーを記念して、日本時間の10月5日20時からウェビナーを開催します。内容はこの記事に+αで教員給与財政・教員養成・教員配置に関する話をカバーします。登録はこちらから→サイト

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1. 日本における教員のコーチングの歴史

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