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函館西部地区の銭湯と遊郭

函館西部地区には
昔はたくさん銭湯があった。

小学生、中学生の時に
友達とよく銭湯に入りに行っていた。

まずは有名な

【大正湯】

まだ建物は現存しており
2022年に閉業。

大正湯

創業は大正3年(1914年)
西部地区で長く愛されて
最後まで残っていた銭湯でした。
機械の老朽化、燃料の高騰により
惜しまれつつ閉業は悲しかった。

西部地区のこのあたりの古い家は
お風呂が無い家が多く、
高齢者は銭湯に入りに行くのが
憩いの場で楽しみだったのだ。

私は2020年に父が入院した関係で
3ヶ月ほど函館に帰省していた。
その時は母もまだ働いていて
帰宅が遅かったから
よく大正湯に入りに行ったのだった。
かなりポカポカに温まるいい湯で
脱衣所もレトロ。
本当に素晴らしかった。

大正湯
大正湯

父が亡くなった2022年に閉業とは
ダブルで寂しかったです。

白山湯

弁天のマックスバリュの近くにあったのが
【白山湯】。
ここも行った記憶があります。
いつ閉業したのかは記憶が無く、
2015年前後かな?

大黒湯

函館で最も古い銭湯が
弁天町にある【大黒湯】。
明治時代に開業。
姿見坂の下にありました。
姿見坂の上には
「山の上遊郭」という大きな遊郭があり
遊女達のあで姿が見られた事から
姿見坂と言われるようになったらしい。

姿見坂

山の上遊郭は江戸の吉原みたいだったそうな。

高清水近太夫

父が遺していた
函館の歴史資料に
遊女の新聞記事があった。

山の上遊郭の遊女であった
「高清水近太夫」という
遊女の最高の位にあった方で
その方のお墓が西部地区の
外人墓地、地蔵寺の向かえにあるそう。
次回帰省したらお参りに行きたい。

山の上遊郭は明治4年の大火で
消失してしまい蓬莱町(現在の宝来町)に
移ったそう。

大黒湯
大黒湯

古い大黒湯ですが
2010年前後くらいにはあったような?
入りに行った記憶があります。
友達とも中学生の時行きました。

常盤坂

常盤坂の坂の途中にも
遊郭があったらしい。

旅籠町

山の上町、旅籠町は
昔は遊女がたくさんいた。
現在の弥生小学校の西側のあたり。

そのあたりにも昔は
弥生湯があった。
弥生湯は私が20代の頃はあった
気がする。
2000年代はあったかな?
弥生湯は少し遠かったので
あまり行った記憶がない。
弥生湯は取り壊されたので、
残っていない。

そして今の弥生町にあったのが
「天神湯」。
天神町と呼ばれるところにあった。
私は行った記憶は無いのだが
すぐ近くに住んでいた友人が
よく天神湯に行っていたそう。

下風呂場

そして入舟町会館の近くにあった
銭湯「下風呂場」。
小さい記憶で行った事があるので
1988年には無かったような?
名前は母も忘れたそうです。

番頭さんがおじいちゃんとおばあちゃんで
やっていました。
私の最初の銭湯の記憶です。
実家にはお風呂がありましたが
定期的に母と弟と私で入りに行ってました。

今は函館西部地区には
銭湯が一軒も無くなり寂しい限り。

遊郭については、
次回函館中央図書館で詳しく調べて
宝来町に遊郭の名残を探しに行こうと思います。

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