土田世紀さんのこと

「なんのために生きてるんだろう」こんなことを考える。考え出すと、底のない暗い穴をのぞいているような気持ちになる。キリがないから。そして、底に何かがあるような気がして、身を乗り出すと体ごと落ちて、もう戻ってこれないような恐怖感がある。それなのに何故、こんなことばかり考えているのか、それでは心が暗くなるばかりである。しかし、実際ほぼ日中休みなくこんな感情に捕らわれている。なぜか。引きこもりだから。というより、引きこもりになってからしばらくしてこんなことばかり考えるようになった。私にだって普通に働いて普通に暮らしていた時期もあった。なのに、一度引きこもってしまうともう、どんな顔をして普通に仕事をしていたのか普通に他人と関わっていたのか、思い出せない。むしろ、その世界にどうやってもどれるのかもわからない。ただただ「一体なんのために生きているんだろう」と考えている。

そんな毎日ふと雲出づるところという作品を読んだ。作者は土田世紀さん。土田世紀さんは漫画家だ。つまり雲出づるところ、も漫画なんだけど、マンガがすごい。

ストーリーは、ラブストーリーから始まる。美女と野獣みたいな、でも心の優しさで通じ合うような男女がいる。男は貧しくて女の両親には反対されるものの、二人には全然問題じゃない。夢一杯に始まる暮らし。新婚旅行に行こうとしたら、駅に行く途中で女が赤ちゃんを拾ってしまう。黒人ぽいとても可愛い女の赤ちゃん。ハネムーンは中止。二人は全くの良心から、捨てられているその子を保護して、田舎に引っ越し三人で元気に暮らし始める。疑いもなく幸せな日々。そして女の妊娠。喜びの絶頂の二人、からのなんと子宮ガン発覚。おまけにひどく悪性。医者はあっさり、子宮を取ることを提案。しかし女は迷う、どうせ子宮をとらなくてはならないならこの妊娠はラストチャンスじゃないかと。争う二人、しかし結局夫婦は賭けに出る。妊娠は継続、産めるギリギリまで育て、一気に子宮と癌をとるという計算。腕のいい医者を探し田舎を捨て、都会に。男は治療費のため、見舞いにも来れないくらい必死に働く。ずっと言い聞かせる。こんな真面目に地道に必死に働いて嘘もつかず暮らして女も自分も何も悪いことなんてしていない、きっときっといいことがある、そうでなきゃ嘘だ。そう言い聞かせる。もうこの辺りから涙で読めない。結末が見えてくるようで。。。案の定、胎児は助からない、しかもギリギリで。おまけに、妊娠を継続したため癌はどうしようもなく全身に広がってもう女も長く生きられない。胎児を失った翌日、女は男にいう「私いったいなんのために生きているの」「私の人生ってなんだったの」と。悲しい。悲しすぎる。この後も悲劇が続く。二人が大切に育てていた捨て子の赤ちゃん、裁判所にも届けていて、時期が来れば正式に養子にできる予定だったのに、女の余命がない、ということで両親が揃っていることという規定を満たさないと宣告される。その上、奇跡!的に実の父親という男がアメリカから子供を探してやってくる。赤ちゃんは捨てたわけでなく、母親が産み逃げして、父親は必死で行方を捜していたという設定。この父親もいい人っぽく描かれているのがなお辛い。男と女は断腸の想いで子供を父親に返す。そして二人で過ごす最後の日々。。。もうこれ以上書けない、涙でPCが霞んじゃって。

この後、奇跡は起きなくて女は死んでしまうし、書ききれなかったけど男も女も成長の中で悲惨な思いを抱えて育っていて。やっと手にした幸せだったのに。。。という背景もある。全編通して、なにか透明な糸が切れそうなくらい張り詰められてる感じ。悲しく暖かく、傑作だと思う。生きるとは何か、ということの作者の答えというか想いを形にしているような作品である。今生きることが苦しい人、一度読んでみてほしいと思う。別に読んでも引きこもりは治らなかったけど、読んでいる間は緊張で生きる苦しさを忘れていたよ。

でもこんな漫画が描けるって、土田世紀さんとは何者?どんな人生と思ったらもう死んでた。多分、お酒で。生きるって、なんてことを真正面から見つめているとやっぱり狂うか死ぬかしかないのか、そんなふうに感じた。悲しい。こんな素晴らしい作品を作る方が若くして死んでしまうなんて。土田さんてどんな本を読んだりして大人になったんだろう。私は土田さんの本を読んで一瞬死を忘れたけど。土田さんにもそんな本や出会いがあったのだろうか。知りたいなぁ。

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