短編ホラー小説[忘れられたノート]
佐藤亮介は中学二年生。学校では目立たない存在で、特別に友達が多いわけでも、成績が良いわけでもなかった。しかし、何よりも彼が怖れていたのは、クラスの中で一番目立つ存在である高橋智也だった。高橋は常に他人を見下し、何かと理由をつけて誰かをターゲットにしてはいじめていた。
最初は、ほんの小さなことでからかわれるだけだった。だが、次第にそのいじめはエスカレートし、亮介は日常的に高橋やその仲間たちに無視されたり、悪口を言われたりするようになった。心の中では、どうにかしてこの状況から逃げたいと思っていたが、何もできなかった。
ある日、学校の帰り道、亮介は偶然、学校の裏手にある古い倉庫の扉が少し開いているのを見つけた。普段は誰も近づかないその場所に、何か引き寄せられるような気持ちになり、亮介は恐る恐るその扉を開けて中に入ってみた。
倉庫の中には、古びた机や椅子が散乱していて、埃が積もった書類やノートが無造作に置かれていた。その中に、一冊のノートが目に留まった。それは、他のノートとは違い、真新しく、表紙に何か書かれているようだった。
亮介はそのノートを手に取り、開いてみた。中には誰かの手書きの文字がぎっしりと詰まっていた。最初は読めなかったが、しばらくしてその文字が徐々に鮮明に読めるようになった。
「彼を見つけた」
「もうすぐ、終わる」
「彼が泣くまで」
その文字を読んだ瞬間、亮介は背筋が凍るような感覚を覚えた。何かがおかしい、このノートには何か恐ろしい力が宿っている気がした。しかし、無意識のうちにノートを閉じて、家へ帰ることにした。
その夜、亮介は奇妙な夢を見た。夢の中で、高橋が彼の前に現れ、「お前のせいで俺はこんな目に遭ってるんだ!」と怒鳴りながら、彼を追い詰める。しかし、亮介が必死に逃げようとすると、突如として目の前にそのノートが現れ、そこに書かれた言葉が鮮明に浮かび上がる。
「彼が泣くまで」
次の日、亮介は目を覚ますと、昨日の夢のことが現実のように思えて、心の中でそのノートを再び手に取るべきかどうか迷っていた。だが、学校に行くと、事態は予想外の方向へ進んでいた。
高橋が、突然彼に対して異常な態度を取り始めたのだ。最初は無視していたのに、今度は急に近づいてきて、「お前、何か俺に気づいてるだろ?」と脅しのような言葉を投げかけてきた。
亮介は怖くなり、ノートをもう一度確かめることにした。再び倉庫に行き、そのノートを手に取る。すると、そのノートに新たな文字が加わっていることに気づく。
「彼が泣くのは、明日だ」
その翌日、高橋は学校で何かに取り憑かれたように荒れ狂っていた。普段は冷静であった彼が、突然、クラスメートに暴力を振るい、教師に対しても挑発的な態度を見せるようになった。そして、午後の授業中、急にその姿を消した。
クラス中がざわつき、教師たちは慌てて探し始めたが、高橋はどこにも見当たらなかった。最後に見たのは、体育館の裏手だったという報告があったが、どこにも彼の姿はなく、ただ一枚のノートが落ちていたという。
そのノートを見つけたのは、偶然にも亮介だった。
ノートを開くと、今度はこう書かれていた。
「彼が泣いた。終わった。」
そして、亮介は気づいた。あのノートには、自分が触れた時から、何かがおかしくなっていたことに。高橋はもう学校には戻らない。クラスメートたちも、あの日以来彼のことを何も覚えていないかのように、まるで高橋が最初から存在していなかったかのような態度を取っていた。
亮介は、ただただそのノートを閉じて手を震わせながら、こう思った。
「何かに引き寄せられたような気がする。もう、遅いんだ。」
その夜、彼は夢の中で再び高橋を見た。今度は、彼が泣いているのではなく、ただ静かに笑っているだけだった。