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しにたいと嘆く友人とチャリで海に行ったはなし

吾輩の友人は定期的にLINEを消す。もっぱら連絡手段は友人のTwitterの裏垢である。
どうやって仲良くなったかはあまり覚えていない。同じ小学校出身なのに、クラスは一回も一緒になったことがないことを記憶している。吾輩は人生で初めてぶっ飛んだ人間に出会った自信がある。友人はニコ生の配信者にドハマりして、学校の掃除ロッカーの中で配信を聞くような強者である。しかもあとで聞くと一回オフで会ったこともあるそうだ。怖い。
この友人とは定期的に連絡を取ることはしないがお互いに、特に友人に嫌なことが会った時に連絡が来る。嫌な男に振り回されたとか、好きになった男が借金持ちで巻き込まれたとか、ストーカー被害にあって耐えられないとか、そんなことは言わずにただ「来週、そっち行く」とだけ送られてくるのである。
吾輩の予定などガン無視で連絡をしてくるので、吾輩は有給を取る。開口一番に多少血迷ったことを言われても受け止める覚悟はできていた。


「チャリで海まで行こうぜ。」


ふと気が付くと吾輩は自転車を漕いでいた。レンタルチャリとは便利なものである。久々の風を切る感覚にしばらくは良い心持に坐っておったが、しばらくすると非常に苦しい。運動不足の吾輩には堪える。どうしてこんなことになったのか、いくら考え出そうとしても分らない。彼女はギアの替え方がわからず、信号待ちでガチャガチャとギアを変えようとするので必死になって止めた。
ようやくの思いで辿り着いた海には平日とは思えないほどに人がいる。ここがこの世の墓場か。いいや、ただの海である。
人混みから抜け出したくて海に来たというのに、海岸沿いには若者がひしめき合っていて、季節の感覚がない吾輩たちに今は春休みなのだと突き付けられた。途中で買ったモンエナとポテチを開き、こうすれば私たちもあそこで騒ぐ若者たちと変わらない。そう信じていたのである。

波の音を聞きながら過ごすまったりとした時間。そんなものは私たちには訪れないまま聞こえてくるのはなぜかサックスの音。ダンディなおじさまが少し離れたところでずっと演奏をしているのである。どうして海でサックスの練習をしようと思ったのか、私たちには見当もつかないが、いかんせん上手いとは言えないその演奏に感傷に浸ることは許されなかった。

どれだけ真面目な話をしていても、BGMが下手なサックスだと笑えてしまう。人間の心理ほど解し難いものはない。私たちは今、怒っているのか、浮かれているのか、不安なのか、ちっともわからない。あのサックスを演奏するおじさんはどうしてここで演奏をしているのか、世の中を冷笑しているのか、世の中へ混じりたいのだか、さっぱり見当がつかぬ。


「ねえ、なんかウケるね。」
「そうだね、チャリ疲れたけど。」
「でも、今日が終わったらまた仕事しなきゃいけないの嫌だね。」
「いつになったら仕事しなきゃいけない世界線から抜け出せるんだろう。」
「理不尽な社会の圧力に負けたくない。」
「それな。」
「………私、今の仕事やめたらエロ漫画家になる。」
「ん、なんて?」
「二人で同人サークルやろう。お前が原作で私が作画。」
「そっか、私も仕事やめてエロ漫画家になるんだ。」
「最高かよ、親友じゃん。」

辛い人生とはまるで拷問のようであるが、抵抗しないことにすると次第に楽になってくる。エロ漫画は世界を救う。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。南無阿弥陀仏。

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