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子供時代が終わるまで~サイドオーダーに寄せて~

Splatoon3ダウンロードコード「サイドオーダー」の配信が始まり、早速プレイしてみました。ここではゲーム性の話ではなくストーリーを中心に語っていきたいと思います。Splatoon2ダウンロードコード「オクトエキスパンション」の内容にも触れていくので2作品のネタバレが多く含まれています。2作品をプレイしてクリアしたことがあることを前提に語っていきます。

さて、私は「サイドオーダー」をプレイしてまず思ったのは「意外にあっさりしてるな?」でした。確かに思い出を奪われた無気力な人間を大量生産してしまう危機的な状況ではあるのですが、1万2千年の孤独を抱えてイカ・タコの世界を滅ぼそうとしたタルタル総帥やクマサンに比べたら、オーダにはあまりはっきりとした背景も見えませんしゲーム自体も少しやり込めばさっくり終わってしまうことからもそのように感じたのだと思います。破滅後の世界のような思わせぶりだったサイドオーダーのジングルも最後は「フルスロットテンタクル」へと編曲されてわりと元気いい感じにまとまり、ラスボスであるオーダも可愛らしいコダコへと変わってみんなと仲良くやることになります。タルタル総帥やクマサンみたいな悲壮感は少なくとも感じられません。なので、「まぁ3千円のDLCだしこんなもんだろう」というのが初回クリア時の感想でした。

でもちょっと待てよと。この作品、どうしても「サイドオーダー」で復活をとげたテンタクルズに目が行ってしまいますが、もう一人、ほぼ初のキャラが出てきます。ミズタです。オクトエキスパンションでは作中のBGMでの参加アーティストとして外見と「音楽に専念するために自ら消毒された」とう設定のみがあったミズタが登場します。彼女の存在はゲーム内ではなくスプラトゥーン公式のXアカウントに投稿されたもののみとなっています。

ミズタは「サイドオーダー」で、イイダの古い知り合いであることがわかります。誰に対しても敬語を崩さないイイダがミズタにだけは親しげにタメ語で話すところからも、若い頃とても仲が良かったことを伺わせます。実際クリア後にもらえるミズタからの手紙で、ミズタとイイダは学生時代の友人であったことが判明するので、タメ語なのも「あの頃の記憶」によるものなのでしょう。イイダにも全方位敬語ではない時代があったのです。

このミズタはなぜ出てきたのかを考えました。まず「秩序の塔」が出現した経緯を、イイダの日記やコダコとの会話などから再構築しておさらいします。「秩序の塔」はイイダがネル社に記憶や思い出を奪われて自我を失ったタコたちを元に戻すためにVR空間「プロジェクトネリバース」を開発しようとするところから始まります。人気アイドルとしてワールドツアーもこなすイイダは多忙を極め、エンジニアコミュニティに助けをもとめて「ネリバース」を完成させるわけですが、この助けを求めたエンジニアコミュニティ、タコのエンジニア集団であり、イイダが地上に出て活躍してるのを見てタコたちが地上へと出ていくことでタコの世界が変わってつつある事に対して忸怩たる思いを抱えている者たちがいたようです。その思いが反映されてか、ネリバースは本来イイダが望んだ「トキメキ★秩序世界の大冒険!」ではなく、変化しない永遠の安寧世界を求める「秩序の塔」へと変貌してしまったわけです。そしてミズタが秩序の塔に現れたのは、秩序の塔へはナマコフォンでアクセス可能な他、ネル社からもアクセスできるとのことで、ネル社で記憶を失ったままDJをしていたミズタがなんらかの要因で秩序の塔にとりこまれた、という流れであると推測します。

ミズタは「気づいたら塔にいた」と語り、「スケルトーンにジャマされてエレベーターに閉じ込められている」と述べています。また怪我をしている所からしていくらかは戦ったようにも思えます。その証拠に8号に最初のカラーチップを渡しているのです。つまりヒメや8号に出会った時点ではおそらくパレットは取り返してカラーチップもいくらか手に入れている=記憶を取り戻しているものの、最後の試練はのりこえていない状態なのかなと思いました。

そもそも、なぜミズタはわざわざ自ら進んで消毒を受けたのでしょうか。説明によると「音楽に専念するため」…だそうです。ではミズタには音楽に専念できないような何かがあったんでしょうか。まずクリア後のミズタの手紙からわかるのは、ミズタとイイダは学生時代相当仲が良かったということです。レコードを貸し借りしてお互いに返さない、なんていうエピソードからもそれが伺えます。いわゆる「親友」と呼べるような仲だったのかもしれません。そんなイイダは優秀なエリートで学校を卒業後タコワサ将軍の元へ抜擢され、ミズタは後方警備に配属されることでまず最初の別れが訪れています。しかしこの時はまだ同じ地下世界に住む住人同士、やろうと思えば連絡も取れて会おうと思えば会えるくらいの気持ちでいたのかもしれません。それが8年前にタコワサ将軍と初代3号が戦った時に聞いたシオカラ節を聞いたことでイイダは突然地下世界から姿を消してしまいます。エレベーター内でのイイダとミズタの会話にこんな感じのものがありました(スクショなどないので記憶で語るので多少間違っているかもしれません)。イイダが「私がいなくなってみんな怒っていたか?」と尋ねると、ミズタは「怒ってはいなかったけどみんな結構ビビってた、ちょっとした騒ぎになった」と返事をします(このあたりはクリア後にもらえるミズタからの手紙でも触れられています)。ミズタは「みんな」という言い方をしていますが、「怒ってはいないけどビビってた」というのはミズタ自身の気持ちでもあったのかもしれません。

タコは真面目で律儀なので、大ナワバリバトルで敗北したことで地上の権利をイカに取られたと思い、地上に出てはいけないと思いこんでいたのではないかと思われますが、一方お気楽なイカたちはそんなことすっかり忘れ、というかタコの存在自体を忘れていてイイダさんのこともイカだと思っていたというのは「オクトエキスパンション」の中で明らかになっています。バンカラ街ではイカタコが混ざってウロウロしていますが、もしかしたら今でもイカたちは眼の前にいるのがイカなのかタコなのかあまり分かってないのかもしれません。それどころか普段バイトでタコ殴りにして(されて)いるはずのコジャケのことすら気にしていないようなので、イカにしてみたらタコが地下から出てこようとわりとどうでもいいことなのかもしれません。そんな事になっているとは想像もしていないタコたちにとって、地上に出るというのはなかなかに蛮勇、横紙破りの事態だったのでしょう。

地下世界のタコたちはイカ世界でタコはあまり気にされていないなんて知る由もないはずです。イイダに触発されて地上に出るものもいる一方、それを恐れているタコたちもたくさんいたはずです。ミズタも地上に出る事なく、深層基地のクラブで隠れてDJをしていたようです。こう見る限り、別に消毒などされなくてもミズタは音楽活動をそれなりにやれていたように思えます(後方警備の仕事はあったでしょうが)。しかしミズタは「音楽に専念できなかった」のだとすると、思い当たる理由は「親友であったはずのイイダが突然何も言わずに姿を消したこと」にあるのではないかと思うのです。イイダを追いかけて地上に出る勇気もなく、かといってイイダのいない地下世界にはレコードの貸し借りをして楽しい相手もそういなかったのかもしれません。友を失った悲しみから音楽にのめり込み、このままイイダのことを忘れて音楽に専念したいと考えたなら、自らネル社に向かって記憶を消そうとしても不思議はありません。ミズタは消毒された頃の記憶を失ってしまったため、このあたりのことは永遠にはっきりすることはないので推測にすぎませんが。

ミズタが後方警備の任についていたところからして、おそらくバトルもそこまで得意ではなかったのではないかと想像します。それでもイイダの声が秩序の塔の上から聞こえたということで一人最上階を目指そうとしたわけで、それ以前にそもそも8年前に別れたきりの友達が声だけで分かったという時点で、ミズタにとってイイダは今でも大事な友達だったのでしょう。しかしエレベーターの中で実際のイイダと交わす会話はなんでもすぐ「ヒメ先輩」の話題へとすり替わり、ヒメ先輩がいかにすごくて素晴らしいかという話に着地します。ミズタにとってイイダは大切な友人ですが、イイダにとっては「思い出の中の友人」であり、今を一緒に生きるヒメとの差がエレベーター内の会話で浮き彫りになっていくのです。

そしてそれが決定的にミズタに思い知らされる事態が発生します。オーダとの戦いの中で一縷の望みをかけてオーダをプログラムから排除しようとするイイダに思わずミズタが駆け寄り、手を伸ばします。しかしオーダの排除が間に合わないと悟ったイイダが最後に呼んだ名前は、ミズタではなく「センパイ」だったのです。

この瞬間、ずっとサングラスに隠されていたミズタの目が見えているのが印象的です。ミズタは昔と同じに何としてでもイイダを助けたいのに、イイダは最後までヒメ先輩のことで頭がいっぱいであるという、なんとも切ない瞬間でもあると思います。

哺乳類が地上を制する世界を取り戻そうとして、それが失敗に終わったクマサンは言いました。
過去を想うように強く、今と未来を見つめるのは実に…実に難しいものだ
それはミズタにとっても同じだったのではないでしょうか。
あまり学校に出ない不良のミズタと、別け隔てなくレコードの貸し借りをするイイダとのあれこれは、ミズタにとって最高に輝く思い出だったに違いありません。そこに執着したことでミズタは消毒の道を選び、また変わる事を拒否する秩序の塔に呼び込まれたのかもしれません。そういえば秩序の塔の住人たちは海洋生物の幼生体です。エビの幼生ゾエアやクラゲの幼生エフィラなどが確認できます。またユメエビがシンジュと交換してくれる置物もホットケーキやおもちゃなど、ほぼほぼ「子供時代の思い出」で出来ているようです。オーダ、またはコダコのいう「チツジョ」とは、守られて何の心配もせず、また自分から何もできずにいる子供時代を継続させることを指しているように思えます。またミズタのDJ名は「Dedf1sh(デッドフィッシュ)」ですが、秩序の塔に現れる魚たちは骨が見えているまさしく「デッドフィッシュ」なのではないかと思います。いつまでも地下で楽しく暮らしていた思い出を守りたい気持ちが、8号の塔攻略の邪魔をしているのかもしれません。

オーダを倒したあと、ミズタはイイダに手紙を送り、そこにイイダとの思い出の写真を同封しています。このことから、ミズタは試練を乗り越えてパレットの記憶が定着していることがわかります。ミズタにとっての一番の試練、それはオーダとの戦いではなく、イイダとの思い出を過去のものとしてもうそこに居場所を求めない事だったのかもしれません。ミズタは一時期は消毒の力を借りてでも忘れようとまでした思い出と向き合い、やっと終わってしまった過去に執着することをやめて未来へ向かって歩き出したのではないでしょうか。そう思った時、「あっさりしている」と思ってたサイドオーダーの世界観が急にまばゆく切ないものに思えてきたのです。テンタクルズや8号の物語でもあるとともに、ミズタという一人のタコが過去に別れを告げ未来へ向かう物語です。オクトエキスパンションや3のヒーローモードのように、過去に執着するあまり今を壊そうとしたことまでは同じでも、結末が今までとは違うのです。タルタル総帥にもクマサンにもできなかったこと。それが過去の思い出を大事にしまって未来へと歩き出す事だったわけで、ミズタはやっとそれを成し遂げたのだと思ったら、すごく泣けてきました。「サイドオーダー」の物語はあっさりなんてしていない、今までスプラトゥーンが繰り返し持ち出してきた過去への執着を終えて未来へ向かう、小さくとも壮大な物語だったのです。ミズタはこれから地上でDJとして活躍して、イイダの「今を一緒に生きる友人」になっていくのかもしれません。


ところで、これは本当についでの妄想話なんですが、「サイドオーダー」が過去の思い出を「色のない世界」と表現していたことで思い出した曲があります。大瀧詠一の「君は天然色」という曲です。

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ」という歌詞があるので思い出したのですが、聞き返せば聞き返すほど「ミズタから見たイイダ」を歌っているように聞こえてきたのです。そういえばスプラトゥーン3の二つ名に「モノクロの思い出」というものもありました。色を塗るゲームであるスプラトゥーンにぴったりでもあったのかもしれません。「机の端のポラロイド」とう歌詞もありますが、ミズタとイイダが唯一二人で写った写真もまさしくポラロイド。女子高生ならチェキとか持ち出しても良さそうなものですがあえてのポラロイド。「手を振る君の小指から 流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ」という歌詞もあり、オクタシューターでハッキングを極小にしてクリアした時にもらえる虹色バッジもここからでは?と思ったり。1981年の大ヒット曲だし、野上さんは53歳で制作陣にもそのくらいの年代の方は他にもいらっしゃるでしょうし、もしかして?と思ったのでついでに紹介してみました。まぁそうでなくても、ミズタとイイダの青春時代に思いをはせながら聞くのにぴったりなのでよかったら聞いてみてください。ちなみにこの曲の作詞をした松本隆さんは妹さんを亡くしていて、その事を書いていると言われています。ぱっと聞くと別れた恋人に思いを馳せてるように聞こえますがよくよく歌詞を読むと恋愛的な要素は薄く、「大切な思い出の中の会えなくなった人」という広い意味での曲になっているように感じました。そこもまた、ミズタとイイダの思い出に当てはまる理由なのかなぁと思ってます。

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