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こどもと教会の間で生きる日記〜初めまして。私は母ちゃんと牧師の間で生きてます〜

子育てしながら教会で牧師をする生活とは

牧師だって人間だ

牧師になって早10年以上が過ぎた。結婚を機に会社員生活を終え、キリスト教を学ぶために大学院へ。修士課程を終えて牧師となった。牧師となった1年後に1人目の子どもを出産。その2年後に2人目出産。その4年後に3人目出産。私にとって新しくスタートした牧師としての人生は、子育て人生とほぼ重なり合う。もう両立なんて絶対無理だと、牧師の働きを4年ほどほぼ休止していた時期もある。けれど、復帰した。
牧師だったら、さぞ子どもたちを大らかに受け止め、海よりもひろい心で子どもたちを愛し、慈しみ、育てているだろうと思われるかもしれない。全く、そんなことはない。牧師はものすごい人間でしょ?と牧師のイメージを聞かされて、こちらが驚くほどである。
近所の人は知っている。我が家から私の怒号が毎日聞こえていることを…。一度だけ「大丈夫か」とピンポンしてくれた方もいた。でも最近、子どもたちが元気に走り回っている姿を見ておられるのか、見て見ぬふりをしてくださっている。
何で、子どもって大声出さないと聞いてくれないんですかね?私だって大声出したら、喉は痛いし、疲れるし、したくないんですよ。けど普通の声で3回言っても、5回言っても聞いてくれない。聞いているけどまだ大丈夫と思っている。そして、どっかーんと私の怒号が響き渡ると「あ、やべー」といそいそと動き始めるのだ。これから皆さんに読んでいただくのは、そんな私の日常の一コマです。

10月末某日

教会では毎年11月にバザーを行っている。教会は超高齢化で、みんな以前のような動き方ができなくなったので、今年は少し中身を変えて、物品を売ることを縮小し、Nゲージ(鉄道模型)の展示や、教会メンバーに音楽披露などを行うことにしてみた。何かを変えるってとても不安だ。特に牧師というだけで責任がのしかかってくる(気がする)。うまくいかなかったらどうしよう…小心者の私はそんなことをずっと考えていた。
そして一番恐れていたことが起こった。一番下の娘(年中)が発熱。準備で一番忙しい時なのに、発熱!保育園に行けない!私も教会に行けない!!頼みの夫は繁忙期で絶対に仕事を休めない!!!詰んだ…。仕方なく、教会のメンバーに連絡をする。子どもが発熱することに慣れている教会のメンバーの方々は、すぐさまいろんなことをフォローして下さる。本当にありがたい。一時期は子どもの病気で休んだ時とクヨクヨと申し訳ないと落ち込んでいたが、落ち込んでいてもどうにもならないので、感謝をして、しっかり子どもを見る時間にしようと決めている。けれど気を抜くと、クヨクヨ、イライラ、焦りがやってくる。ふりはらう!
何とかなりそうだと思っていたら、その夜寝ていた娘が体中をかきむしりまくる…朝見たら発疹が出ている。これはただの風邪ではない。ネット検索してみたら「溶連菌」がヒットする。まじで!?今ここで溶連菌!?登園できる日が遠のく…4日後にはバザーだぞ!どうする!?と絶望しながら小児科へ。
小児科で検査してもらい、やっぱり溶連菌。溶連菌はきちんと抗生剤を飲めば感染は防げるとのことで希望が見えてきた。その夜娘は喉をぐりぐりする検査も泣かずに耐えていたことを、何度も兄たちに自慢していた。出された抗生剤も嫌がらずに飲む!えらいぞ娘!本当にえらい!
なぜなら、その昔兄たちに抗生剤が出された時それはもう本当に大変だったのだから…アイスに混ぜたり、練乳に混ぜたりしても飲まない。でも飲ませないといけないので、断末魔の叫びの中、文字通りの苦闘を繰り広げた。毎日3回5日間飲ませてくださいって言われても…これが15回も続くなんて耐えられない。息子だけでなく、私も泣いた。本当に泣いた。そんな息子たちも小学生…私がんばったな。
娘は熱も上がらず、翌々日から登園してくれた。

11月4日

バザーの日当日。
無事にこの日を迎えられた…迎えられたけどもうヘトヘトだ…。本当にいろんな人の助けがあって、神様の助けがあって、ここまで来れた。溶連菌になった娘はこの日元気100倍。なぜなら、夏の教会関係者のキャンプで出会った大学生のお兄さんがお手伝いに来てくれるからだ。走り回る娘の世話をしながら、バザーであちこち私も走り回るのに、そんなのできないと嘆く私を見て、自ら「手伝いましょうか」と声をかけてくれた。こんな若者が私の周りにはたくさんいるんです!本当にありがとう。
娘はキャンプの時からお兄さんがかなり好きだった。この日もお兄さんが来るなり、私には見向きもせずお兄さんだけを追いかけていた。娘がべったりなのも疲れると思って、お兄さんを休ませてあげようと、娘とお兄さんを引き離そうとするとめちゃくちゃ怒っていた。本当に怒っていた。ものすごい文句を言われた。「母ちゃんあっちに行って」と言っていた。そんなに怒らなくても…親なんてそんなもんですよね。
予想以上にたくさんの人が来てくださって、大きなトラブルもなく安堵…本当に安堵…神様ありがとう。今回教会以外の方々にもたくさん協力してもらえて、そのつながりがとても心にしみわたりました。

11月中旬某日

今日は旗当番の日だ。小学生の登校を見守り、横断報道で旗を持っているあの旗当番だ。うちの子たちの通学路は狭くて交通量のある道を横断しなくてはならず、見守りはとても大切だ。
子どもが小学生になるまで、こんなに地域や保護者の方々に子どもたちが見守られていたなんて知らなかった。子どもができて初めて、子どもは家庭だけで育てるものではなく、いろんな人に育てられるものだと知った。だから月2回の旗当番もやるしかない。
ただ…我が家は一番上の子と下の子の年の差が6歳差。上の子が小学校卒業したら、下の子が小学校入学。旗当番は12年間続くことになる。すごいよね12年、干支一周。私の子育てもまだ先は長い。

11月16日

今日は教区(日本キリスト教団は全国にある教会を地域ごとにブロックに分けて教区を作っている。教区ではいろいろな交流の場が持たれている)の行事で、各教会の子どもたちを集めて一緒に遊ぶ日だ。私が働いている教会から電車を乗り継いで、緑の多い教会へ。礼拝堂も敷地も大きい!大人と子ども40人くらいが集まって、ハンバーガーとポテトを手作りした。手作りするなんて発想なかったな。
大きな教会の全体を借りて、みんなでかくれんぼをした。教会の人たちのおかげでとても楽しいものにできた。我が家の兄弟も連れて行ったらとても楽しいと大満足だった。教会は楽しいところだよって子どもたちに思ってもらえたなら、嬉しいな。家庭でもなく、学校でもなく、習い事でもなく、教会。子どもたちの居場所、そんな場所だと思ってもらえたらいいな。
心は満たされていたが、体はずっしり重い。

11月18日

今日はキリスト教系の専門学校に行く日だ。4年前から毎週月曜日に行われる礼拝の時間に参加・協力している。けれど、思ったより土日の疲労度が大きい。朝起きてからものすごく自分が後ろ向きなのが分かる。午前中は空いていたので、ちょっとぼーっとする。私の趣味は漫画を読むこと。特に最近はネットでマンガを読んでいる。今は転生ものが大流行り。恨みや後悔を強く持った主人公が転生して、新しい人生をやり直しているものが多い。私がもし転生できるなら、何に転生したいかな。全く思いつかない。こういう時に想像力が衰えたなと思う。子どもの時はあれになりたい、これになりたいと思っていた。
もう一度同じ人生を歩むなら…牧師になるかな…多分、ならないな。牧師ではない人間として教会を支える人たちのすごさとバイタリティーに憧れている。教会を支えるのには牧師だ!と思っていたけれど(父が牧師だったので)、もっといろいろなやり方があることに気づけていたら、また違った人生だっただろうな。
ちなみに牧師になったことに後悔しているわけではありません。後悔する時もあるけど、おおむね後悔していません(キリッ!)

11月23日

この日はキリスト教系の公益財団法人へ。最近教会以外での仕事も増えている。その法人でボランティアをする大学生たちに、キリスト教理解を深めてもらう講義をするために呼ばれた。
単にキリスト教の知識をお伝えしてもピンと来ないだろうと思って、グループワークを中心にやってみた。テーマは「共感共苦」。
キリスト教が神と信じるイエスは、貧しい人々・差別されている人々のところへ行った。そしてその苦しみや病に手を当て、分かち合った。人は誰かに自分の思いや苦しみを分かち合ってもらえると生きる力が湧いてくる、というのが私の最近のたどりついた1つのこと。この話をして、実際に学生さんたちにも分かち合いの時間を持ってもらった。単に自分のことを話す分かち合い。話したくないことは話さない、話させないというルールのもと、小さなことから、個人的なことまで学生さんたちは話していた。
最後は聖書の物語を紹介して、どの登場人物の視点で読むかを話し合ってもらう。物語は「放蕩息子のたとえ」。ザ・キリスト教!と言えるような有名な物語だ。学生さんたちは真剣に語り合っていた。

教会に帰宅。翌日の礼拝のメッセージの原稿を書く。聖書の箇所がとても難しくて泣ける。1週間ずっと、この聖書の言葉で何を語るか考えてきたけれど、何も思い浮かばなかった。教会にもよるがプロテスタント教会の礼拝では、牧師が聖書の言葉を通してメッセージをする。私だと文字数5000文字弱。これがほぼ毎週だ。どこかのキリスト教関係者が、牧師は毎週書き下ろしで原稿を書いているのはえらい!作家でも年に一度原稿を書くか、書かないかなのに!と言っているのをYouTubeで見た。その時は私えらい!と思ったけど、原稿は書けない。書けないものは書けない。
けれど、不思議。いつももうダメだ!書けない!!と思っても、日曜日の朝までに書けなかったことはない。中身のレベルと問われるといたたまれなくなるけど、書けてきた。たまに過去の原稿を読み返して、どうしてこんなことを書いたのかと思うこともある。キリスト教ではそれを、「聖霊の働き」と言ったりする。目に見えない聖霊の力が働きかけてくれた、という意味。聖霊よ来てくれー!とよく心の中で叫んでいる。
机に向かっていても書けない時は、ちょっと出かけてみたり、自転車に乗ってみたりするとパっと思いつく。よく教会からの帰りの自転車でひらめきが起こるが、家に着いた時には忘れている…聖霊よ来てくれー!

終わりに

この日記を書こうと思ったきっかけは、世間が思う教会と実際の教会・世間の思う牧師のイメージと実際の私のギャップが、ものすごく大きいと常々思っていたことから始まった。
「世間一般」と言われるような人よりも私の方がよっぽど生活感にあふれていて、俗っぽくて、小さなことにクヨクヨしている。崇高さのかけらもない。先日、教会で「神様に文句を言うか」という話をした時、その場にいた人で私だけが文句を言うということが判明した。「神様!こんなのってないよ!こんなことしたくないよ!」といつも文句を言っている…。
同じ人間がいないように、同じ牧師もいない。牧師によって働き方も聖書の向き合い方も、語り方も全く違うものになる。私は上記のような生活をしている牧師で、どうしてもその生活から向き合って聖書を読み、語っていくことになる。
それがダメだと言われたら、もうどうしようもないのでダメだと言わないでくださいね。本当に落ち込むんですよ。
もしこれを読んだ方が牧師ってそんなに遠くない存在かも、教会って別世界と思っていたけどそうでないかもと思ってくれたら嬉しい。キリスト教は「宗教」なので確かに慣れない部分もびっくりする部分もあると思う。けれど、その宗教に集っている人間は私みたいなのもいるんです。自虐でも謙遜でもなく、そうなんです。そして、教会がある生活って、こういうのなんだと垣間見て面白がってくれたら嬉しいです。

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