ドイツとの「再会」
7年ぶりのドイツ
2008年に1年の留学を終えて日本に帰国すると、慌ただしく資格試験、就職活動が待っていった。おかげで卒業旅行にも行っていない。
ドイツでの留学生活を満喫した私は、漠然と「またどこか海外に行きたい」と思っていた。そのため就職したのちに海外留学に行かせてくれる中央官庁を第一志望にしていたのだが、あえなく最終試験で落ちてしまった。そこから秋採用を目指して就職活動をするも、留学の夢は諦めきれず・・・紆余曲折あって、ひとまず大学院に進むことにした。
学部から少し専門を変更したので新しく知ることが多く、大学院生活は大変ながらも楽しかった。それからは、研究のために研究費を獲得し、論文を書く生活が始まった。研究費が獲得できたらドイツに行く。平日はインタビューを入れたり、アーカイブにこもって史料を読み、土日は友人に会ってのんびり過ごす。アパートを借りて暮らすように過ごすことも多く、留学生活のある種の「延長」を楽しんだ。
結局2009年から2015年まで、毎年ひと月はドイツに滞在し、調査をした。2007年から始まったドイツとの縁も早8年。段々と目新しいことはなくなり、ドイツに行くことは特別なことではなくなっていった。このため2015年を最後に、しばらくドイツへの足は遠のいた。代わりに、これまで全く行ったことのなかったアジアの国に行くことが増えた。これもまた、とても良い経験であったと思う。
とはいえ流石に2019年になると、そろそろまたドイツで史料収集しなくてはならなくなった。また、2015年以降の難民危機やその後の移民排斥デモ、AfDの躍進など、自分の知っている「ドイツ」と現実の乖離が見られるようにもなってきたので、重い腰を上げ、再び研究費を獲得、2020年に実に5年ぶりの渡独を計画していた。
そして訪れたコロナ禍
元々渡独を予定していたのは2020年3月。この頃はアジアにおける感染者数の増加が顕著で、欧州はまだ「対岸の火事」だった頃(例外的にイタリアではすでに爆発的な感染が起こっていたが)。アジア人ヘイトのような発言が散見されることも多く、ひとまずこの時期の渡航は延期した。その後の状況の不安定さは日本人の多くが記憶しているだろう。
感染者数が減れば多少行きやすくなるものの、帰ってきてからの様々な条件があまりに厳しく、結局二度ほど調査期間を延期せざるを得なかった。そして迎えた2022年。ドイツを最後に訪れてから、実に7年が経過していた。これほどドイツに行かなかったことは初めてだった。日々ドイツ語文献に触れ、ニュースにも触れてはいるものの、当意即妙にドイツ語が話せるか不安になるレベルのブランクであった。
そうして訪れた2022年4月、フランクフルト空港の乗り換えの時点で、私の心配は杞憂に終わった。まず目についたのは、空港の中を普通に歩いている犬の姿。昔から動物愛護に熱心な国ではあったが、それがさらに加速していた。犬嫌いにはしんどいだろうが、私は犬が大好きなので問題なし。笑っちゃうくらい「ドイツ」を感じた。
そしてベルリンに着くと、そこは勝手知ったる国だった。それを最も強く感じたのはマスク着用義務について。ドイツではつい先日まで公共交通機関ではマスクの着用が義務付けられていた。公共交通機関のみならず、コンサートホールやお店でもマスクをつけるように指示がされていて、そしてそのマスクはFFP2(N95と同レベルのマスク)が指定されていた。
2022年4月の段階で、お隣フランスやイギリスではすでにマスク着用義務は撤廃されていた。が、帰国前にPCR検査が待っていて、そこで陽性が出ると日本に帰れない私にとって、周囲が全員ノーマスクというのは大きなリスクである。マスクに一定の効果があることは科学的にも立証されているし、私もそれを信じている。
一方で、日本で多くの若者がウレタンマスクをしているのを見て本当にげんなりしていたので、ドイツのこの措置はとてもありがたかった。余談ながら、ウレタンマスクは日本人の「悪いところ」を浮き上がらせた代物だと思う。科学的に全く効果はないけれど、「マスクをしている」という体裁は保てる=同調圧力には耐えられるという代物。
ドイツでは「効果のないもの」に価値が置かれない。だからこそマスクをするならFFP2。そして外ではする必要がないので、電車やバスを降りた瞬間に皆マスクを外す。(だからこそなのか、マスクを使い回してそうな人がいるのはちょっと閉口したが。)外ではマスクをしない私にとってはこれまた納得のいくやり方だった。
また、マスク着用義務はあるけれど、していない人もいる。体感的には1割程度であっただろうか。おそらく何らかの主張や理由があってマスクをしないのだろうが、こういった人々を特に「非難の目で見る」ような雰囲気もない。それはその人の選択、なのだろう。(とはいえ彼らが大声で話していたりしたらおそらく注意されると思う。)
2023年2月2日からドイツでも公共交通機関でのマスクの着用義務がなくなったが、それでも過半数の人はマスクをし続けている、と聞いている。私同様、マスクの「効果」を信じている人がそれだけいるということだろう。同調圧力ではなく、科学的根拠に基づいて合理的に行動する、というこの姿勢が、まさに自分の知っているドイツで心から安堵したのであった。
もちろん社会的にも、政治的にも、7年前、15年前とは大きく変化している部分もある。どの社会もそうであるが、変わる部分もあれば、変わらない部分もある。そして「変わらない部分」こそが、その社会の根幹の価値観であるように思う。日本の「変わらない部分」は一体なんだろうか。連日首相やその周辺の発言を聞いていると、果たしてそれがポジティブなものなのか、自信が持てなくなってくる。
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