なんでもないひと
中学生のとき、クラスメイトの男子から
「ま行の声って変やな」
と言われた
あまりに唐突な申し出と
そもそもその男子と普段から接点がなかったので
面食らったわたしは何も言えず、その子を見つめていると
傍からまた別の声がした
「そう言うお前は眉毛が変やろ」
沈黙してしまったわたしの代わりに
その男子に言い返してくれたのはT君だった
その後私たちにどの様なやりとりがあって解散したかは忘れてしまったけど
この記憶は、定期的に思い出す
でもなんでこんな、何年も前の日常の一コマみたいな記憶を今でも思い出すんだろう?
そんな事を思っていたある時、Facebookで T君のアカウントを見つけた
見つけたと言うより、Facebookにおすすめされた
Facebookさんは住んでる地域とか通った学校で友達候補教えてくれる、わたしにはいらぬ優秀な機能が備わっている
Facebookの T君のアイコンは素敵な女性との結婚式の似顔絵のようだった
とても嬉しかった
T君はちゃんと幸せになってる
もう中学を卒業して10年以上経っていたし
卒業以来T君と会うこともなかったので
自分が他人さまの幸せをこんなに嬉しく思うことはとても意外なことに思えて少し驚いた
わたしにとってT君とはなんだったのか
ひょっとして、好きだったのか???
まさか中学卒業してから10年後に意識し出すとは…
T君は保育園から中学まで同じところに通い
そして同じ団地に階違いで住んでいた
T君は母子家庭で、お母さんの仕事が毎日遅いから
毎日自分でカレーを作って食べている
確か小学生の時にそんな話をしていたかもしれない
体が大きくて、ちょっとふくよかで、
繊細で優しくて、名前の通り強い子だった
だからあの時、急な口撃に戸惑うわたしをたまたま近くで見て言い返してくれたんだろうな
(眉毛の男子は常に困り眉だった)
そう言えば、
中学生のとき男子が苦手だったのだけど
T君にはそんな気持ちがなかったな
むしろ謎の安心感さえ感じていたかもしれない
なんか、こう…
…お母さんみたいな…?
そう思って苦笑した
中学生男子に向かってお母さんとはなんだお母さんとは!
わたしは優しいT君が、きっと人として好きだったんだろうな
また時が過ぎて、
それでも相変わらずT君のことをたまに思い出している
T君のFacebookアカウントを見つけてからまた10年ほど経っただろうか
あれからそのアカウントをフォローする事もなかったけど
わたしにとってなんでもないひとの
優しい思い出を取り出しては
彼が今も変わらず幸せでありますようにと