仕事の話
何故動画編集を始めたのか
経緯がとても長いためクソ暇なときに読んで頂けると幸いです。
高校時代、自転車で40分くらいの女子高に通っていた。
自分は頭が良くなく小学生の頃から自分の知能には限界を感じていたため偏差値が低めな学校をもう考えていた。
中学の進路相談でも「F高で」と言うと大体の先生は
「もうちょっと上の高校目指せるんじゃない?」
「もうちょっと落とした方がいいよ」
とゴネると思うのだが担任の先生は考える間もなく「OK!」と了承した。
それくらい、頭が良くないのだ。
学科は4つあり、その中でも情報科を選んだ。
名前の通り、1週間の時間割の中でほぼパソコンを触る授業ばかりで最初はタイピングから始まる。1年生の1学期の間にブラインドタッチを叩き込まれるのだ。
小学校5年生の頃からパソコンに触れていた私は当時からブラインドタッチが出来ていたため、クラスでは1番タイプが早い生徒だった。
そんな高校生活も過ぎ去り2年生になった。
無事に進級できた私は新しいクラスで前の席の子と仲良くなった。
私も大分オタクだが、その子もオタクで二人でかなり盛り上がった。そして家に遊びに行くとパソコンでニコニコ動画を開いて一緒に動画を見始めた。ニコニコ動画の出会いはここからである。
ニコニコ動画を見た私は面白いと思い家に帰ると会員登録をした。
そこからクラスの友達も増えてニコ厨となり、動画を漁っていると「ゲーム実況」なるものがあった。
いまこそ大人気なゲーム実況だが、当時のゲーム実況はまだ過疎の過疎で、逆に「ゲームしながら一人でぼそぼそ喋ってるw」と後ろ指さされて笑われるジャンルだった。
たまたま見た動画でデジカメからテレビを直で映して配信している子が居た。その子がとても面白くずっと動画を見ていたのだがふと自分もやってみたいと思うようになった。
姉のコンデジを借りて私も液晶でゲームを直撮り、最初は編集なんて分からなかったためなんのカットもしないままそのまま動画をポンとアップした。
当時は女の子がこんな事をするのは珍しかったのだろう、ニコ厨は液晶から直撮り+女子というのに釣られて再生回数は一気に5000ほど回った。
そこから2作目をアップし動画編集なるものを勉強した。当時PCの中にあったWindows Moviemakerがありそれでカットや早送りなど習得した。
すると1万再生を回り、当時では1万再生行けば凄い方だった。
キャプチャボードも支援して送って来る視聴者やゲームをプレゼントしてくれる視聴者も居た。ニコニコ生放送が始まればそこからまたファンも増えてくれたりニコニコ大百科にも掲載された。
しかしそこからゲーム実況ブームがやってきて自分は知名度が落ちていくのだが今でも人気実況の人とは別アカのツイッターでは繋がっておりたまに絡む時もある。
そんな感じで高校生の頃に動画編集のスキルを習得し、高校でも動画編集の授業があったおかげが成人した後に当時のクラスメイトから突然友人の結婚式の余興をしたいから動画を作って欲しいと言われた。
1本1万円で引き受けたと思う。当時はプレミアプロなんてものは多分無かったのでムービーメーカーではなくてAviUtilというソフトで作成した。(このソフトまだ需要あるんだよね)
それから10年近く経って4ヶ月前に働いていたコンビニが一時閉店となった。オーナーが辞めたため、働いている我々スタッフも「オーナーが居ないなら働く意味ねぇな」と全員が辞めたからだ。
この辺はちょっと濁しているがもうちょっと本部的な意味で胸糞悪い話です。多分書くとまずいのでふわっとしておきます。
突然無職になった私、さてどうしようかと休業する1ヶ月前から身の振り方を考えていた。
普通にまた就職すればいいのだろうが、いちいちまた人間関係を作ってヘラヘラ機嫌を伺って笑うのもめんどくさいし地元の人間はクズだらけだと仕事で分かっていたので極力人と関わらない仕事は無いだろうかと悩んだ。
そこでふと思いついたのが動画編集の仕事だ。
⋯という経緯で動画編集の仕事をしております。
昔の自分に感謝しろと思いました。
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