![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/108763332/rectangle_large_type_2_3516ec1a9e9aa4cb6ad836c89843c0a7.png?width=1200)
【UWC体験記⑩】難民言語習得アプリ(AILEM)との出会い
入学して間もない9月にある全校メールを見つけました。
「難民が社会に溶け込むために言語を学ぶことのできるアプリのプロトタイプが完成しました。フィードバック会を行い、来てくれた人には無料でピザをあげます。」
ということで、もちろん行くことに。完成していたプロトタイプは想像以上で、完全に普段使うようなアプリでデザインも良く、工夫が多くされていて楽しく学べるようになっていました。
![](https://assets.st-note.com/img/1687269062646-0QqvZOAj20.jpg)
そして説明を受けたアプリの開発理由・過程もとても同年代の人たちとは思えず、終始目を丸くしていました。
創設者2人のうちの1人は実際に自分がアフガニスタン出身の難民でベルギーに逃亡した経験があります。言語の壁で苦労した自分の経験をものにこのアプリを作ろうと思ったとのこと。一年前にACでみつけた一つ上の友達(その時点で卒業生)と一緒に開発を行い、その彼が全てプログラミングも担当したということでした。
これぞ私がUWCに来るにあたって理想としていたような素晴らしいプロジェクトだと感動し、同時にこの開発者の人間性や情熱を深く尊敬しました。
その数日後に、新規チームメンバーの募集が発表され、アプリ開発の経験はもちろん無い中マーケティングチームに加入しました。
何かできることを
マーケティングチームの初回のミーティングに行くと、チームリーダーのコアメンバーの1人である2年生のLさんに会いました。この人は、他の色んなプロジェクトやイベントのリーダーも務め、この時点で私からすると少し手の届かないあこがれの人でした。彼女がアプリのほぼ全てのデザインを担当したとのことでした。
![](https://assets.st-note.com/img/1687268782916-RGqfDc1iB7.jpg?width=1200)
そしてオンラインで創設者2人のうちすでに卒業しているXさんにも初めてお話しすることができました。彼女は香港出身、現在は香港の医学部に通っています。
私たちのチームは全体的な広報担当、ということでインスタグラムのアカウントだけでなく他のメディアへの露出を増やす役割でした。私には一切デザインのスキルは無いので、デザインする内容を考えたり、リサーチ、アウトリーチを担当することになりました。
難民の言語の壁について色んな国に焦点を当ててリサーチを行い、その結果をデザインの人たちに渡して投稿してもらったり、取り上げてくれるようなメディアを探したり、応募できる資金集めの機会を探したり、など、ミーティングで出たアイデアを実直にこなしていました。
そこまで仕事内容が多かった訳ではないのですが、少し経つと気付きます。
あれ?10人ほどいるこのチームの中で何かやってるのLさんと私だけじゃない?
少し疑問を抱きながらも続けていくとLさんも気づき、どんどん私の役割が大きくなっていき、創設者の2人から直接指示をもらうことも増えてきました。
そしてXさんから、仲良くなりたい!と何回か個人的にビデオ通話をしてもらいアプリに関係なくお話したりなど、初期のコアメンバーとかなり親しくなることができました。
そして私の意欲を感じ取ったのか、その人から「日本語にも翻訳してみない?」と誘いを受けやってみることに。もちろん日本に来る難民はかなり少ないので他の言語に比べると直接的な需要は少ないのですが、日本語版があるということで日本の人がこのアプリを目にする機会が増え、難民問題を日本にもっと周知させることができるのではないか、という意図でした。
ただ簡単そうに見えてアプリの全てを翻訳となると膨大な量になります。何時間、何十時間かけても全然終わらず、自分で申告した期限に近づいても不可能であることが分かり数日期限を伸ばしてもらった上で早朝から深夜まで時間があれば翻訳をする日々。
やっと終了し、報告をすると「1人でやってこんな早くできるなんてびっくり!!」との返事が(笑)。
その後いろんな人たちがそれぞれ自分の言語への翻訳を実施したそうですが、数人で取り組んでも数か月かけるそうです。
読売中高生新聞の取材
マーケティングチームとして与えられたタスクの1つが「自分の地元の新聞等のメディアにコンタクトを取り、AILEMを取りあげてもらう」というものでした。
私は日本の大手新聞社に片っ端から連絡をしたところ、読売中高生新聞から連絡があり、取材していただけることに。
記者の方とのコンタクトポイントに私がなり、インタビューやその他質問事項などを主にコアメンバーにしてもらいました。
ちょうどロシアのウクライナ侵攻と時期が重なり、少し時間が経ってから掲載の連絡がありました。思っていたのと(そして最初に伝えられたイメージと)比べてかなり小さなスペースではありましたが私が小学生から読んでいた新聞に掲載されるようなことに携われていることに喜びを感じました。
![](https://assets.st-note.com/img/1687269359893-sFbFSqUwKY.jpg?width=1200)
インターンに昇格
少し経ち1年目が終わろうとしている時、Xさんとビデオ通話をしていた時のこと。「インターン」というのを始めてコアメンバーに入る人を探したいんだけど、私にやってもらえないか、とのことでした。
その時はすでに色んな他の学校での活動に関わっていたので迷いましたが、最終的には「やって失うものはない!」と引き受けることにしました。
他の生徒たちにも募集をかけており、私を含めた4人がインターンとして選ばれ、正式にコアメンバーの会議に参加するようになりました。
夏休みも毎週のミーティングが続き、最初は私も今まで以上になんでもいいから力になろうとしていたのですが、夏休みも終わろうとする時、疑問に思い始めていました。
私がいることで何かチームに付加価値を与えられているのか。私は何かこのアプリの発展に貢献できているのか。
答えはノーだと思いました。私にはプログラミング、カリキュラム作成、デザインなどの能力が現時点ではなく、結果単なる誰でもできる事務的な作業をわざわざ「与えてもらっている」立場であると気付きます。
もちろんそういった事務作業でもだれかがやらなければいけないものではあるのですが、時間がものすごくかかるようなものでもなく、固有のスキルを持ったメンバーが掛け持ちした方がむしろ効率の良さそうなものでも、私のやる気に応じてくれようと与えてくれているものではないかと。
夏休み後は初期のコアメンバーが全員卒業生となり、私たちインターンの4人が2年生として学校内でのAILEMの顔となっていく予定だったため、その前にと新学期前に辞めさせてもらいました。
とても快く理解してもらい、Xさんにはその後も学業や他のプロジェクト、ナショナルグループ等のことで何度も相談に乗ってもらったりと本当に良き先輩です。
その後のアプリの行方
その後もAILEMはどんどんコミュニティを広げ、今では海外にチームを置いたり、ゲーム機能やSNSのような機能を搭載しすごいスピードで発展を続けています。
今までの彼らの膨大な努力は最近では国際的に認知され始め、様々な賞を受賞したり、創設者が国際会議に呼ばれたりなど、アントレプレナーとして世界の若者たちをインスパイアしている存在となっています。
![](https://assets.st-note.com/img/1687269581068-zgKxVT51EE.jpg?width=1200)