自分を卑下する「処世術」を使うのは慢心。そんな人に魅力や輝きなど一切ない🌹
「私なんて」とか、
「私はまだまだです」とか、
「未熟だから」
とか、この類のワードって、
どんなマインドで発しているか?
で、全く現実が変わるんです。
未熟で、愚かな自分を素直に受容する人が使うのと、
卑下することで、被害者意識を丸出しにして、なんらかの言い訳を正当化する人が使うのは全く違う。
後者は、「卑下慢」という慢心です。
私なんてとか、至らないとか言うわりに、
なんにもしないんだもん、慢心です。
さらに、日本人は、自分を卑下している人に
何も言わないから、
それを処世術にする。
無意識に無自覚に。
「私が至らないんです」
と、反省したぶった単なる被害者意識丸出し、
やらない言い訳の正当化です。
こうすれば、誰にも責められないと思うパターンと、
自分は正しい!を「こっそり」主張するパターンもあるけど、
どちらにしろ、未熟な自分を受容できないからするんです。
プライドが高いんです。
自分を受容できない人って、プライドが高いから。
なんにも努力も勉強もしてないくせに。
卑下慢は、諦めるための正当化のワード。
このやり口をする人って、
魅力も輝きもない。
卑下ゼリフを並べて、出来ない自分を見ない言い訳をするとか、正当化に使うのは、
相当、拗らせています。
だって、未熟な自分をずーっと見捨てているんだもん。
内側をほったらかして、
外側に対して、いかに誤魔化すかを無意識に考えているんだから。
これをやると、必ずまた、卑下慢を使って、
やらない言い訳を正当化する現実がきます。
つまり、いつまでも自分という命から逃げる現実を自分が作り出す。
未完成、未熟な自分のままで、
弱い自分のままでチャレンジする人は、
輝く🌹
〜が出来たら、〜だったら
こういう条件を付けてる限りは、
なんにも受け取れません。
人の真心をふみにじる人ってこれ。
慢心の極み。
だけど、ほとんどの人が被害者意識を持っているから、
変えようとしても無理よ。
その人の課題だから。
自分で自分を満たすことが先🌹
人を救うなんて傲慢。
人を救う唯一の方法は、自分が学ぶことですから。
誰かを救おうとしてる時、
救われたい自分をほったらかしにしている時。
でも、誰かを救いたいという想いがない人が多いんだから、その気持ちを大切にしたいなら
学ぶことです。
ほとんどの人が、被害者ヅラをしてると思えば楽よ。
被害者ヅラの出し方の違いがあるだけ。
性格の違いです。
ただ、
卑下慢を聞かされて気持ち良くなる人は
少ないですからね。
愛されない女は、卑下慢をやってるんです。
これも、その人の課題。
卑下慢をしない自分に変わろうとする人と、
永遠に卑下慢をする人と、
卑下慢により知ったかする人と、
色々。
表向きは、様々なパターンがあるけど、
愛が枯渇しているだけ。
心に穴があいてるだけ。
穴が開くのは、一白水星の世界。
やっぱり一白水星の哲学は、とても大事🌹
心の穴をうめないと、「万初」はない。
心の穴が空いたまま何をしても続かない。
これを抽象的にじゃなく、理論で学べるから、
私は九星気学が大好き🌹
どんな発信や本を読んでも、抽象的な言葉を、
具体的に思考できないと、わからないし、
続かないもん。
飽き性の人って、飽きてるんじゃなくて、
やり方がわからない人がほとんどなんです。
軸や基準がないから。
この軸や基準が明確なのが九星気学🌹
しっかり学べば、卑下慢なんてしなくなります。
いや、拗らせている人は、
そもそも「学ぶこと」が出来ないんだけどね。
ただ、情報を入れてご満悦する。
人生を諦めている人たちは、諦めることに課題があるんだから、諦めたらいいのよ。
諦めない人たちは、実直に生きていけばいいだけ🌹
やっぱり素直さって、大切🌹
周りくどいのは、卑屈な証です。
周りくどく生きている背景を考えてないんだもん。
でも、それもその人の課題だから、
私は学び、安らぎ、無条件に私を愛するだけ🌹
近いうちにYouTubeライブで話しまーす🌹