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乳がん宣告
豊橋市在住
着物スタイリスト大山沙織です。
2020年7月13日
早朝、長らくの入院闘病(2019年9月より)の末、
家族に囲まれて主人の祖父が逝去した。
そんな始まりの1日だった。
その日の午後
地元の乳腺クリニックへ。
針生検の結果を聞くためだった。
いつも予約診察なので待ち時間はあまりなく、
この日もさっさと結果を聞いて
祖父母の家へ向かうつもりでいた。
予約時間より30分早くに到着。
コロナの影響で市の集団検診が中止になった影響か
検診と思われる患者さんが多数。
電話もひっきりなしに掛かっていた。
そして予約時間が過ぎた。
私の後から来た人達も検査着への着替えの為に
呼ばれ奥の診察室へ。
結局、私が診察室に呼ばれたのは予約時間から1時間も過ぎた頃だった。
非浸潤性の乳がんの画像である事が告げられた。
医師より乳がんの簡単な説明を受け
治療の選択肢や流れを確認。
*摘出手術するための治療先を決めること
*詳しい検査を進めて状況を把握すること
*治療方針を決定すること
診察が終わり受付へ戻ると患者は私1人だけ。
おそらく予約通りに診察しなかったのは今回の結果で宣告を受ける私のためなんだと理解した。
診察に付き添っていた看護師さんから今後の段取りの説明を受けた。
そしてどんなことでも分からないことがあったらいつでも連絡をくれれば良いととても優しく話をしてくれた。
夜、祖父母宅へ。親戚の子供たちのおかげもあって賑やかなひと時。祖父の頑張りを労い、通夜、葬儀の段取りを確認。まずは病気のことは忘れて家族のために出来ることを優先させることにした。
夜、布団の中で1日を振り返る。
涙が止まらず困る。
宣告された割には冷静に受け止めていたはずなのに。それでもある程度時間が経つと何に泣けているのかわからなくなった。