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創作「宙を舞う砂」

「俺さ、昨日、リアル砂かけババア見たんだ」
翔太が言い出したその一言が、すべての始まりだった。
ネットで拾った動画なのか、それとも夢でも見たのか。翔太って怪談とか好きなん?砂かけって何かの例え?なんの気なしに会話をつなげていたけれど、
「昨日の夕方でタコ公園で見た。本当に砂ふっていた」とあまりにも日常の場所が出てきたことに、俺たちの興味は増していき、やがて教室中の空気を掌握した。

翔太が言うには、部活の帰りに自転車に乗っていたら、タコ公園の砂場に一人でいたと。まだ陽は暮くれていない時間帯。いつもなら公園内で遊ぶ小学生がいるはずなのに、ババアの存在に臆したのかあたりには誰もいなかった。ババアは、風呂場で使う手桶を振り回して中に入れていた砂を撒き散らかしていたらしい。
顔は遠巻きにしか見ていないし、長い髪を振り乱していたからよくわからなかった。
さすがにやばい感じがしたから速攻逃げたけど、なんか気になるという。ここまで聞いて、興味の出ないやつはいない。
誰が言い出したかわからないが、俺を含めて男五人で、放課後にタコ公園に行ってみようということになった。

天気は晴れ。昨日の天気と一緒。暑すぎもせず、風も強く吹いていない絶好の砂かけババア日和だ。
俺たちは各々の自転車に乗って、公園を目指す。地元の俺にとっては、タコ公園は、幼稚園の頃から遊んでいる勝手知ったる公園だ。もちろんこれまでに砂かけババアが出没したなんて話は聞いたことがない。
公園近くのコンビニに自転車を止めて、そこから歩いて向かう。五台のチャリは目立つだろうし、もしババアが襲ってきた場合のリスクを考えた。自転車よりも走って逃げる方がいい。五人もいるし。
もう20mくらいの距離だけど、公園の周りに植えてある肩ほどの高さの植え込みが、公園の中をみせまいとする。何もしゃべらず静かに近づいていく。
突然、頭上からカラスの鳴く声がして、俺たちは体がビクッとなる。
「カラスとか、妖怪のシチュエーションばっちりじゃん」
と俺はカラスを見上げながら呟いて視線を前に戻す。
「いたっ、あいつ」
翔太が小声で言う。もう一回、体がビクつく。

言った通りのやつがいた。ピンク色の手桶を持って、それを振っている。かろうじて着物ではなかったけれど、グレーの上下の寝巻きみたいな服がより妖怪っぽく見える。
「やべえ、マジで本物じゃん」
「え、どうしよ。声かける?」
本物を発見したものの、会ったら何をしようとは決めていなかった。
別に、追い出したいわけでもないし、変に刺激して何かあったら面倒くさい。そもそも、何かの理由で砂かけババアが毎日この公園にいるとしたら、急に現れたのはこっちの方で、排除されるべきもまたこっちだ。
「砂投げてみる?」
誰かが言った冗談を聞いたのかわからない。
ババアの長い髪の束が左右に割れて、その奥にある目がこちらを見た。

その顔を見た瞬間、たぶんこの人昔会ったことがある。俺は直感でそう思った。だけど、いつどこで会ったかは思い出せない。
しっかり話はしたことないし、名前も知らないけれど、正月に会う親戚よりは会っている気がする。
俺が記憶を探している間も、ババアは手桶を振り続け、その手桶から噴水みたいに砂が流れる。動くその砂には、ババアが振っているとは思えないくらいの強さがあった。砂を撒いているのではない。手桶を強く引きつけることによって、結果として手桶から離れた砂が宙を舞っている。
この動きはきっと気まぐれではなく、ババアが体で覚えているものだ。
ババアの横顔から腕にかけてを注視している時だった。
その奥に景色が見えた。

「ラーメンだ」
俺のつぶやきに、みんなが注目する。
「なんだって?」
と翔太が言ってくる。
「昔、家族で行ってた来来軒って店。ババア、そこでラーメン作ってた店のおばちゃんだ」
小学校の頃はよく家族で通っていた。たくさん買い物した帰りとか、プールに行った帰りとかに行ってた店。決まってラーメンとチャーハンと餃子を食べるなんの変哲もない店。そこでご飯食べる時は、親父も母親もなんだかちょっと機嫌が良かった。そんなありふれた、生活の一コマになっている店。
「確か、二年くらい前に潰れた。店主の具合が悪くなったとかで」
店の貼り紙を見た時にはショックだったけれど、すぐに違う店に行こうとなった。それからは、俺も高校生になって家族と外食する機会も減って、店の存在を忘れていた。

「だったらさ、あのばあさん、ラーメンの湯切りしてるんじゃね?」
翔太が言い、みんなが改めてばあさんを見る。手桶で砂をすくって、しばらくじっと空中で手を止めて、突然振り出す。それはまさにラーメンを作る動作のように感じた。
うつろな瞳のまま、同じ動作を繰り返す。自分にかかる砂のことには気も止めない。ただ、その意志のなさにそぐわない力の強さで、手桶は振られ、宙に砂が舞う。

「これが痴呆ってやつか」
みんな、ぼけてしまった人間を見たのが初めてだった。妖怪に出会う方がましだった。

誰が言うでもなく、俺たちは公園をあとにした。ただ、バツが悪かった。日常の中でまだ出会っていない未知の存在を笑い物にしていた自分たちが怖かった。人が老いていく姿が怖かった。おそらくこの先、自分の家族、親、そして自分があのようになっていくことが怖かった。老いた時に忘れてしまうものと、それでもなお体に残っているものがあることが怖かった。
俺の場合、最後まで体に残るものはなんなんだろう。そして、自分の頭や行動がコントロールできなくなった時に、知らない若者に笑い者にされるのだろうか。

誰も話すことなく、自転車を止めていたコンビニにたどり着いた。ようやく日常に戻ってこれた気がする。自転車の鍵を開けた時に、
「腹、減らね?」
と翔太が言った。
そうだな、と必要以上に明るく答える。周りもみんな同意する。

「じゃあさ何、食べる?」
全員の顔を見渡す。その答えはみんな決まっていた。


<三題噺の練習/90分>
1つ目は『ラーメン屋』
2つ目は『怪談』
3つ目は『遊ぶ』

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