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それも天が与えた物
知人に某有名国立大学院を卒業した人がいた。人柄も良く、自分の好きな仕事をしている。さぞかし順風満帆な人生を送ってきたのだろうと想像したが、聞けばどうやら違うようだ。なんでも家庭環境が悪く中学を卒業してすぐに家を出て、働き出したという。更に凄いのはここからだ。どうしても大学に行きたかったため、独学で勉強して10年後にやっと入学出来たと。
凄すぎないか (@_@)
人はいつどこで誰から生まれて、どんな能力を与えられるか。それは残念ながら選ぶことは出来ない。しかし好ましくない物さえも「それも天が与えた物」と思えたら、すごく強いんじゃないかと思う。もしかしたらそれこそが本当の生きる意味なのかもしれない。
世界の共通語は英語だが、残念ながら日本人は6年間も勉強するのに話せない人が多い。教育方法の問題や日本人の「完璧でないと駄目だ」という考え方も影響しているが、なんと言っても
ハングリー精神
これが欠けているからだろう。豊かでない国は英語を話せる人が多い。そうしないと生きていけない、より良い生活が出来ないからだ。もしくは植民地だった過去があって、公用語のようになっている場合もある。
いつかワーキングホリデーに行った日本人が、仕事がなくて困っているという記事を読んだ。そう、英語が堪能な別の国の人達に負けてしまうのだ。「英語が話せるなんて凄い」と思われた時代はとっくに過ぎて、今や話せて当たり前。これは国内の仕事にも言えて、PCや簿記など基本的なスキルや知識は持っていて当たり前の時代になった。そこに更にプラスαが求められる。最近の若者はスキルアップを求めて、より良い会社を選ぶ。日本は戦後80年ほど経ち、制度は整っているが貧富の差が激しく、高齢者が非常に増えたにも関わらず国際社会で戦わねばならない国になった。個人視点で捉えるなら、これも天が与えた物なのだろうか。
自分にとって好ましくない事柄を受け入れるのは、難しい。最初が恵まれていたなら尚更だ。タイミングもあるだろう。「なんで今…」と思ってしまうが、本来自分で決められることなど実は少ない。日本に生きていると忘れがちになるが。
歴史上名を残した人物の人生は、結構波乱万丈だ。失敗をして不運に合って、それをバネにして成功を収めているケースは少なくない。例え本人にとってマイナス要素だとしても、「それも天が与えた物」と思って良い方向にいけば1番良い。もし現状が変わらなかったとしても、見ている人は見ている。
「何をするかよりどうやるかが大事」
この言葉をふと思い出した。与えられた中で精一杯生きることがきっと大事なんだろう。