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愛犬19歳と17日目 〜Kidと私が歩んだ道〜
あなたにとって、かけがえのない存在は誰ですか?
私には、小さいけれど、どんな時もそばにいてくれる心強いパートナーがいます。
19年前、私のもとにやってきた小さな小さな子犬でした。
それからずっと、一緒に時間を過ごしてきました。
愛犬についての愛を語っています。
こちらをどうぞ:L.Aで生まれた愛犬KIDが、今日19歳になった話
生後3か月から一緒に暮らしてきたKIDとの時間は、人間の家族よりも長く、思い出は数えきれません。
私の人生に寄り添い続けてくれたKIDは、今月で19歳になりました。
生きたいと願う気持ち
ここ数日、KIDはほとんど固形物を食べなくなりました。
口元に持っていっても、以前のように勢い良く食べる姿はありません。
後ろ脚、前脚と順番に悪くなり、ご飯台の前に立つこともできなくなりました。
大好きだったお散歩も、風を切りながら気持ち良く、どこか誇らしく歩いていた姿も、今はもう見ることができなくなりました。
そして、今、食べなくなりました。
最初は戸惑い、大好きだった牛肉を買ってきて、焼いて小さく切ってあげました。
でも、一口も食べませんでした。
「もっと早く用意していれば食べられたかな」
「お肉だ、お肉だ、うぇーい!って喜んでいるときに出せばよかった」
そんな後悔と、愛犬の変化を受け入れられない気持ちが混ざり合い、
涙があふれました。
それでも生きようとしている
翌朝、小さく切った牛肉を3つだけ食べてくれました。
それが本当の最後の固形物となりましたが、それでもKIDはまだ水を飲み続けています。
水を飲めている間は、まだ大丈夫。
そんな記事を読み続け、自分の気持ちを落ち着かせています。
生命の灯火は、今もちゃんと目の前に存在しています。
穏やかな朝の時間
日中のほとんどを眠って過ごすKID。
朝、穏やかに目を覚まし、お水を飲んで、お日様を浴びながら再び眠る。
優しい寝顔は、子犬の頃と何も変わりなく、その姿を隣で見つめていると、時間がゆっくりと流れていくようで、私自身もとても穏やかな気持ちになります。
娘たちには、「幼稚園に行く前にKIDに『行ってきます』って言ってね」と伝えるようになりました。
それ以来、毎朝娘たちは「きっちゃん(KID)、行ってくるね」と声をかけてから登園するようになりました。今は朝の日課となりました。
今朝、家を出てしばらく歩いたとき、
「きっちゃんに『行ってきます』って言うの、忘れちゃった」
と娘が言いました。
「ちゃんとKIDのことを覚えてくれているんだな」
その言葉を聞いて、母として胸が温かくなりました。
「じゃあ、帰ってきたら『KID、ただいま』って言ってあげてね」と娘に伝えました。
この時間がずっと続けばいいのに…
そんな風に思うけれど、そうではないことも、ちゃんと頭では分かっています。
いつか来る「その時」に向けて、心の中で少しずつ覚悟をしています。
前にしか進まない時間を、
これ以上動かないで!
と時計の針を止めたくなる。
「みんな、いつか老いる。
人間も動物も、みんな平等に歳を取る。
早いか、遅いか。ただそれだけのこと」
私はそうやって、娘たちに伝えています。
生きることを教え続けてくれるKID
一生懸命に水を飲む愛犬の姿を見て、
「まだ生きようとしている」と感じます。
すでに十分頑張ってきたKID。
19年もの間、私たちに目には見えないたくさんのことを教えてくれました。
そして今も、「生きること」そのものを、最後まで教え続けてくれています。
彼が生きようとするなら、私は最後まで精一杯サポートする。
その決意を、今日、胸に刻みました。
KIDが生まれて19年と17日目
今日という日が、この先「幸せだった」というKidの記憶の1ピースとなり、大きな大きなパズルが完成しますように。
そして、何よりも穏やかな時間が続きますように。
それが、家族である私たちの強い願いです。