天使のお仕事~合コン編⑥
⑤はこちらから「さあ皆さまお揃いですね!」司会の女性が声を張り上げる。会場には多種多様な天界人がシャンパングラスを手に談笑している。
「ではでは、天界マッチングパーティー、始めたいと思います。司会は私セイレーンですー!今日は眠らせませんから安心してくださいね!」
会場からどっと笑い声がおこる。普段は凄むような表情しか見せない魔族や悪鬼たちも、今日は緩やかな笑顔で参加している。
「天使か悪魔かなんて、どちら側からみるかの問題じゃないか」
さっきの男性の言葉が頭から離れない。たしかにその通りだ。私も姉も天界に誕生したときから、配属は天使部と決まっていた。
なんの疑いもせず、300年近く良縁部の仕事をしてきて、この仕事が一番だと自負していた。だから数字を積み、試験にパスして上級天使になるのが一番尊いものだと信じていた。
でも、たぶんそうじゃない。
私は、この仕事しか知らないだけなのだ。
そう考えると、このパーティーの面々もまた違って思えてくる。
あちらでは巨人族の三姉妹がひとりの男神を取り合って喧嘩している。
すぐとなりでは黒い艶のある翼の、悪魔部の女性が小鬼の大群に囲まれて楽しそうに笑っている。
みんな、それぞれを受け入れて、素を見せている。私は、こういう笑顔で他者と笑いあったことがあっただろうか、とふと思う。
インキュバスの姿を探しかけて、やめた。マッチングパーティーに来てまで、私と一緒にいては何の意味もない。自由にさせてあげなければ。
「よかったら僕らと飲まない?」
ぐいっ、と視界にワイングラスが飛び込んできた。顔をあげると、光輝く二人の男性が立っていた。
「あ・・はい、よろしく・・おねがいします」
私はおずおずと乾杯する。この輝きぐあいからすると、男神だろうか。
「僕はアポロン、彼はアルテミスだ」
ひとりの男性が自己紹介する。ふたりとも顔はそっくりだ。
「え!オリンポス12神の、アポロンさまとアルテミスさまですか?」
私はびっくりして跪こうとする。アポロンはぶんぶん、と手を振って
「あー、そういうの、やめてやめて。もう普段だいぶ祈られてるから今日はやめとくれよ。僕たち祈られすぎて肩こってるんだから」
「はあ・・」
しかし、アポロンとアルテミス級の神が来ているとはこのパーティーもすごいもんだ。
「君は・・ああ、中級天使さんか。いつもいろいろ現地に飛んで大変だよね。僕たちが神殿で動かずいれるのも、現場で天使たちがちゃんとやってくれてるからだ」
アポロンは笑い、
「ほんと、人の子は愛らしいものだが、ほうっておけば慢心してすぐ争いを始める。神殿にいてはその変化がわからない。君たちの中継ぎあってこそだよ。感謝してる」
アルテミスもにっこりした。優しい言葉に、心があたたまる。
「あの、おふたりもその、パートナーを探されて?」
私が不思議そうに聞くと、アルテミスが頷いた。
「うん、そうなんだ。うちはほら、父親がいろいろ、恋愛でやらかしてるだろ?だから母さんがめちゃくちゃ心配性なんだ。宮殿にいる女神だとすぐ母さんに噂が届いてしまってね。僕もアポロンも、パートナー探しには苦労するんだよ」
軽く言ってるが、この神々の両親はゼウス神とヘラ神だ。うっかり笑えない。
「君は美しいし、凛として素敵だ。お近づきになれればとおもったけど・・どうやら、君の心には誰か住んでいるようだね。父さんと違って僕は野暮はしないよ。いこう、アルテミス」
ふたりはじゃあね、と優しい笑顔で去っていった。緊張の糸が切れ、私は椅子に座り込んでしまった。
それにしても、私の心に住んでる人とはだれだろう。キョウスケのことだろうか。まだ私は吹っ切れていないのかしら。
「ちょっとちょっと!アイリスさん!」インキュバスがあわてて駆け寄ってきて、私の椅子をガタガタと揺らす。
「いまの、あのお二人って・・わわ、あのお二人を袖にしたんですか!?なんて贅沢なことを!」
「違うわよ!ちょっとお話しただけ」
私はギロリとインキュバスを睨み付けた。
「あなたこそ、楽しんでるの?」
「はい、それはもう」
インキュバスは言いながら、デレッとした顔になる。
「久しぶりにサキュバスと会って話が盛り上がって。あ、サキュバスって俺と同じ夢魔の女の子なんですけどね。俺が天使部に言ってから寂しかった、なんて言うんです。懐かしかったなあ」
「楽しそうでよかったわね」
なんだか腹が立つ。
「まあ、アイリスさんもそのうち出会え・・あっ、ど、どうもお疲れ様です!」
インキュバスが急に姿勢を正す。見上げると、先ほど入り口で会ったシルクハットの男性が側に立っていた。
「では、俺ちょっと急用ができました!し、失礼しますっ!」
インキュバスがバタバタと駆け足で去っていく。どうしたんだろう。
「おやおや」
男性は美しい笑顔を浮かべた。
「まだ何にも言ってないのに、あいつは早とちりだなあ・・なんだか邪魔したね」
「いいえ、彼は私の同僚なんです。お気遣いなく・・インキュバスを知ってるの?」
「ああ・・最近天使部に異動した悪魔の子だね。その同僚が君か。なるほどなるほど」
彼は合点が行ったようにひとりで笑っている。なんだかやっぱり失礼な人だと思い、ムッとしてしまう。
「彼を気にしないでいいのなら、僕によかったら少し時間をくれないか」
彼がキザな身振りでスッ、と手を差し出した。
なんか気取ってて嫌だ、と思うよりはやく、心がどきん、と跳ねた。涼しい目元に射すくめられ動けない。
考えている間に、私の手は彼へと伸びていた。
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