【連載小説】すまいる屋~最終話
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いざ、出陣。
まるで戦場に赴くような気持ちで、私はすまいる屋のドアを開ける。
姉が下話をしてくれたおかげで、今日ピリカさんが時間をとってくれることになった。
ーあれ。
部屋に入ると、なんと三人揃っていた。
ますます緊張したが、やるしかない。
「今日はお時間とっていただき、ありがとうございます」
分離礼、よし!
カニさんとこーたさんは、心配そうに私を見つめている。ピリカさんは、冷静に何が起こるかを見守るという風情だ。
「ピリカさん、カニさん、こーたさん。お願いがあります」
私は一歩前に出る。
私は話が長くなりがちだから、結論を先に言うこと。ピリカさんから何度も注意されたところだ。
「私を、すまいる屋のスタッフとして雇っていただきたいんです」
沈黙が走る。
三人とも、なんと答えればいいのか、とお互いに目を合わせている。
ああ、この間がきつい。
「森田さま、昨日シノさんから少しお話は聞きました」
ピリカさんが口火を切る。
「このすまいる屋を大事に思っていただける気持ちはありがたいのですが、それとこれとはまた別の話です。それに森田さまはシノさんの大事な妹さんです」
ピリカさんは私に向き直る。
「まずは、きちんと仕事先が決まるまで仕上げないと、私たちはシノさんに申し訳がたちません」
「姉には賛成してもらってます」
こんなところで退けるもんか。
「私、こーたさんから実際に何ができるのか、って聞かれて、ずっとずっと、考えました。結論から申し上げます」
すうっ、と息を吸い込む。
目線は先のほう、三人をそれぞれ自然に見渡す。
響きのいい声を意識。
「口先でしゃべる」のではなく、「思いを届ける」舞台に立っているイメージで。
姿勢は上からピアノ線で吊られているように、背筋を伸ばす。
全部、ここで教わったことだ。
「私に講義できることは、まだひとつもありません。何かのプロフェッショナルでもない」
大きく深呼吸。大丈夫。ぜったいに伝わる。
「ですが、そんな私だからこそ、出来ることがあります。それは、クライアントの皆さんの不安を受け止めることです。プロではない私だから、共感できることがあるはずです」
深呼吸。がんばれ。もう少し。
「初めての電話で、ピリカさんから指摘いただいたように、今まで、主語を他人にして生きてきました。時代が悪い、環境が悪い、私をちゃんと使えない上司が悪い」
姉の顔を思い出す。
ありがと、シノ姉ちゃん。
「ピリカさんの言うとおり、人生の舵を他人に任せていたんです。その方が、うまくいかなかったときに言い訳できるからです。・・そんな私が、初めて自分を主語に据えて考えたのが、ここを私の場所にしたい、でした」
みんなの表情が、すこしずつ変化していく。
「私、今はなにもお客さまに教えることができません。それでも、やりたいのです。私を仲間に加えてください」
沈黙。
でも、最初の沈黙とはまた違う感じ。
手応え、あり・・か?
「そうですね・・・でもこればっかりは予算との兼ね合いもありますからね・・」
ピリカさんが沈黙を破って話し出したとき、女性の声がした。
「一人くらい、いんでねーけ?」
いわき弁?
可愛らしい、少女のような声。
「オーナー?」
「さわきオーナー!」
カニさんとこーたさんが立ち上がる。
水戸黄門的な流れだな、おい。
オーナーは、しずしずと私の前に歩いてくる。決して派手な感じではないのに、存在感のある人だ。
「こんにちは。すまいる屋のオーナーのさわきです。森田さま、さきほどのお話きかせていただきました」
差し出された名刺には、
「すまいる屋 さわきゆり」とだけ書かれてある。
「ねえ、昔のあなたみたいね、ピリカさん。私を雇え、って鼻息荒く飛び込んできたの、まだ覚えてますよ」
「そんな昔のこと、忘れてください」
いつも落ち着いているピリカさんが、まるでいたずらがバレた子供のような表情で、笑っている。
「ただ、この3人から聞いてるだろうけど、うちはそんなにまだ利益が出てなくてね。お給料は十分に出せません。この人たちにも、まだまだ、我慢させてるの。だから、しばらくはアルバイトでどうかしら?」
「あ・・はい!もちろん!」
「せっかくうちのスタッフが仕込んだスキルですもの。当座の仕事が決まるまで、ちゃんとサポートさせていただきますし、一度外で使ってからのほうが生きた知識になりますよ」
たしかに、それもそうかもしれない。
「そうやって、森田さまにしかできないことを、見つけていけばいいんです」
可愛らしくはあるが、説得力がある声だった。
「ところでオーナー、今日は秋田行きのご予定では・・?」
ピリカさんが不思議そうに言う。
「だーーって、シノさんから直接呼び出されだから、バイクですっ飛んできたっぺよ。逆らえないっしょ、シノさんには」
姉ちゃん、何者なんだ?
「コードネーム、考えないといけませんね!何がいいかなあ。そうだ!スプレーさんとかどうです?」
こーたさんが、酸素スプレーを見ながら楽しそうに言う。
「絶対いやです」
私は即答した。
「こーたさん、昨日かなり心配してはったんですよ。森田さんを落ち込ませてもうた、って」
カニさんが横目で睨む。
「いやいや、僕も個性はひつじなもんで・・ひつじの人って、うわやべえ、ってなってから本気だすパターンだから」
こーたさんが頭をかく。
「ちょっとびびらせたほうが、頑張ってくれるかも、と思ったんです・・森田さんが言ってくれたこと、嬉しかったんですよ。ホントは」
「そうだったんですか!」
まあ、でも昨日の一件があったからこその今日だ。
終わりよければ、すべてよしだ。
「あ、そろそろご新規のお客さまこられますよ。どーなつ。様のご紹介です」
ピリカさんが慌ててテーブルを片付ける。
玄関のブザーが鳴る。
「森田さん、さいしょのご挨拶をみんなでしましょか」
カニさんがにっこり笑う。
お客さまが入ってきて、キョロキョロと中を覗きこむ。
「あの・・ここって・・すまいる屋さん、ですか?」
「ようこそ、すまいる屋へ!」
全員ぴったりと声がハモり、声をたててみんなで笑った。
お客さまも、つられて笑う。
さあ、今日から忙しくなるぞ。私は、張り切って腕を捲った。
<完>
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全八回の連載を最後までお読みくださいまして、ほんとにありがとうございます!
この連載をはじめたきっかけは、今回オーナーとして登場していただいたさわきさんに、
「長い話を書いたらいいのに」と言われたことです。(エセいわき弁すみません(笑))
それでも、「私にはできない」「ムリだ」と決めつけていました。
この主人公といっしょ。
失敗するのが怖かっただけでした。
今回、いろんな励ましと応援の言葉をいただけて、またひとつ成長しました。
コメントはビタミン!すごくよくわかりました。
このお話は、すまスパメンバーのキャラクターだけお借りしたフィクションです。
でも、セリフなどは、あまりご本人と離れすぎないようにしたつもりです。
私たち、それぞれのすまいる屋が、この世界のどこかにみつかりますように。
愛をこめて
ピリカ
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ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!