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【短編小説】夕闇バスに揺られて

10年島から離れていたとはいえ、情けないことに船酔いした。
港からバスに乗る。また違う揺れと戦わないといけない。

バスは色のない海沿いをただ走っていて、この揺れはしんどくも、また懐かしくもある。


がたん、がたん。

僕は窓にもたれかかり、ガラスに映った自分の顔を見る。

・・疲れた顔してんな。


父の顔は知らない。母との仲は悪くはなかったが、大学進学を理由に島を出た。

幼少から海に触れていない僕は、漁師にはなれない。頑張っても役場か漁協の職員だろう。

市内の大学を出て、仕事は百貨店勤務を選んだ。

地方都市とはいえ、その華やかさは僕を魅了した。他県と陸続き、というだけで何処にでも行ける気がした。

でもずっと、垢抜けない自分に苛立っていた。

・・島育ちだからな。

都合の悪いことは、すべて島のせいにする癖がついた。


電話のたび、今は繁忙期だから帰れないといっぱしの口を利いた。
ご飯はちゃんと食べんばよ、と母はそのたび、悲しそうに言うだけだった。

「こっちの方が店も多いし、心配すんなよ」
イライラして電話を切る僕。

そんな日が、ずっと続くと思っていた。

今朝、母の訃報が届いた。
心筋梗塞だったそうだ。

働いて働いて、あっけなく死んでしまった。


10年ぶりの帰郷。

何故今まで帰らなかったと、冷たい目で見られるだろう。
悲しみより、そちらの方が気がかりだ。

「あ、あんた、ヤスくんやろ!間に合ったんね!よかった」

声のした方を見ると、母より少し年かさの女性。知らない顔だ。

曖昧に会釈する。

知らない人から話しかけられることが、僕をまた憂鬱にした。


海と同じ鉛色の瞳で、女性は親しげに話しかけてくる。

「町内会長が世話してくれるけん、心配せんでよかよ。うちも今から行くと」

見ると安っぽい、黒い服を着ていた。それがまた田舎臭く、軽く嫌悪感を覚えた。



ぽん、と僕の膝になにかが放られた。
小ぶりのみかんだった。


「あんたのお母さんが市場から買ってきてくれたみかんたい。野菜の安かよー、林檎の甘かよー、っていっつも近所に配りよらした」

がたん。がたん。

潮の匂いがきつく感じる。バスの揺れる音が激しくなった。


「あんたにも、食べさせたかったやろね」

がたん。


僕の中でなにかが弾けた。

涙があふれて、胸元に落ちる。

「ちゃんと食べんばよ」
母の声が重なる。

「若か人には、島は息のつまるやろう。みんな、ようわかっとる。・・あんたのお母さんもたい。誰も、出ていったあんたを責めはせん」

がたん、がたん。

バスの揺れは、ますます激しくなった。ひとり、またひとりと乗客が降りていく。あと少しで、通夜の会場だ。

膝の上のみかんが、小さな灯りのようににじんで見える。

皮をむいて、一房、口に入れる。


甘かった。

夕闇に隠れて、僕はまた、泣いた。


(1118文字)

昨日は、グランプリの発表にたくさんの方にお越しいただき、ありがとうございました。創作を心から楽しんでいる仲間たちが集う、すばらしいグランプリとなりました。

企画主催者がこのレベルか、と言われないように私も文章の力を上げていきたいと思います!

このお話は私なりの「あかり」です。皆様の作品に比べるとまだまだ粗削りで稚拙ですが、書いてみました。いい作品たちを読むと、やっぱり書きたくなるもんですよね!!

御馴染みのみなさま、このグランプリをきっかけにお知り合いになれたみなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

追伸

昨夜から津波警報がたくさん入ってきており、心配です。警戒地域の皆様、十分にお気をつけられてください。被害がありませんことをお祈りしております。




 





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ピリカ
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