天使のお仕事~下界バカンス編①
人の子というのは、なんでこんなにモダモダしてるのだろう。好きなら好きと、告知してしまえばいいのに。
「だから出生率が下がるんだわ」
天界の働き方革命により、私は10日間のお休み中である。天界にゆっくりいようとも思ったが、たまには仕事なしで下界に滞在することになった。
下界の街を歩けば、あちこちでまあ中途半端な愛の波動が出ては消えしている。
思いが通じている波動は、ピンク色で形もきれいだが、どちらというといびつな形のものが多い。
「やはりアイリスは真面目だな。気になるか」
となりにいるのは、黒い帽子に黒メガネ、ちょい髭に、前衛的な衣を身につけた、我がボスだ。リリー・フランキーを目指してるらしい。
Pontaポイントとかいうやつをボスが集めているとのことで、同じホテルの別フロアに泊まっている。
昼間は別行動だが、夜だけこうやって食事を一緒にすることにした。
下界に友人なんていないし、結局ひとりでは寂しい。
「ボス、また衣を買われたんですか」
下界に降りて、ボスが真っ先に向かったのは人の子の言う「デパート」であった。どうやら、上から下まで全部お買い上げしたらしい。
しかも、もう何日も通っているから、ホテルの部屋はデパートの袋でいっばいだ。
「いや、まあ、人助けだな。あの業界も大変らしいぞ。経済支援というやつだ」
しれっというところがまた、憎たらしい。
今、私とボスが立っているのは、24時間眠らないという「コンビニ」というところだ。
ボスは下界2日目にしてお気に入りの居酒屋を見つけ、毎日入り浸っている。
当然、手持ちのキャッシュじゃ足らなくなり、天界キャッシュを下ろそうと寄ったコンビニで、私たちは見てしまったのだ。
人の子の、ちょっと変わった求愛の波動が出ているのを。
「ふむ、ありゃ相当ひねくれとるな」
ボスが手をひろげてレジの青年の波動を読み取る。
ひとりの女性がレジに来た時、その波動は金色に一瞬きらめき、すぐに赤黒く変色して消えた。
「思いは純粋だが、いろんな自己否定感でねじれまくっとる。ありゃ成就せんな」
ボスはさらりといい放つ。
ボス、あなたの外見もかなりひねくれてますよ、とは口が裂けても言えない。
ボスはコンビニATMを遠隔操作しながら札束をどさっと取り出すと、上機嫌で財布にしまう。
「アイリス、どうした。今は休暇中だぞ。はやくほら、白子たまねぎのぬか漬けを食べにゆくのだ」
ボスはいそいそと先を急ぐ。
「あ、はい」
私は後を追ったが、なぜか、あの青年のことが気になった。
あの、赤黒く消えた波動。
あんなになるのは、激しい失望。
なにかあったのだろうか。
それに、彼女を見送った後すごく寂しそうだった。あんな表情をするなんて。
私は、ボスから連れられているあいだ、そのことばかり考えていた。
「まあ、おふたりさん。今日もお越しいただいて、うれしいわ!」
ここは、「ぬか漬け居酒屋・しの」。落ち着いた内装に、しっかりとしたカウンター。奥には、たくさんのお酒が並んでいる。
夫婦でやっている店らしい。奥で包丁をふるいながら、にこやかに会釈してくれているのが、マスターのゆうさんだ。
笑顔で迎えてくれるのは、女将のしのさん。ニッポンの旧式の衣、和服というのだろうか。よく似合っている。
とっても、波動が心地よい。夫婦和合の、オレンジ色がほんわりと見える。ついついボスが足を向けてしまうのもわかる気がする。
ボスは、カウンターですでにへべれけになっている。天界ではアルコールは存在しないため、耐性がないのだ。酔っぱらって翼でも出しちゃったら、大変だわ。
「めずらしいから写真とっとこ」
私はしれっと画像を天界の私のメールアドレスに送る。
ひとりにされた私は、さっきの彼のことを考えていた。
「あらあら、どうしたの?浮かない顔ね」
しのさんは私にノンアルコールのビールを出してくれながら言った。
「ああ・・いいえ」
「女の子がそんな表情をするときは、ただひとつ。男の人のことね?」
「え」
私は思わず、ほっぺたを触った。
「私、どんな顔してますか」
女将は、うふふと笑って言った。
「彼のことがなんだか頭から離れない。恋の始まりね」
「恋・・ですか」
私はポカンとしてつぶやく。女将がぷっ、と吹き出して笑う。
「あらまあ、そんなきれいな顔して、まさか初めてじゃないでしょうに。いいわね、若いって」
「女将、こっちにもビール!」
他の客が手を上げる。
「あー、もうほら、僕の奥さん怖いんだからさー、そんなワガママ言っちゃダメでしょ・・むにゃむにゃ」
ボスは相変わらず、幸せそうだ。今しかない。
私は、急いで天界へとボスのIDでテレパシーを送る。今日は受付にインキュバスがいるはずだ。
「ハイ、こちら天使部良縁係・・あれ、アイリスさん?いま休暇中でしょ?しかもこれボスの回線・・」
インキュバスののんびりした声が聞こえる。
「ガタガタ言わないの。私のIDは休暇中は取り上げられてるのよ。調べてほしいことがあるの」
ボスが目覚めたら面倒だ。
「え?アイリスさんの記憶の中に入って・・人の子の情報を調べるんですか?ちょっとそれ、不正アクセスじゃ・・」
「一生のお願いよ、インキュバス」
私は必死だった。
私の記憶の残像がはっきりしてるうちに探さないと、これだけの人の数だ。絶対見つけられない。
私が仕事で来ているときなら、さっきのコンビニくらいすぐ突き止められるが、いまは人の子の波動に合わせるため、かなり力も弱めて降臨している。
あの、暗い波動。寂しげな瞳。
「見つけて、インキュバス。あなたしか頼めないの。私、もう一度彼に会いたい。理由はわからないけど、でも会わなきゃいけないの」
「えっ・・アイリスさん・・もしかして」
インキュバスは、意を決したようにつぶやく。
「会ったって幸せにはなれませんよ。あなたは天使だ。・・下手すりゃ、堕天罪でペナルティですよ。上級天使の試験、あと一歩じゃないですか」
「わかってる」
こんなに必死になったのははじめてだ。
インキュバスが、ふっ、と笑う。
「アイリスさん、意外と無茶しますよね・・いまからデータ送ります。はい、アイリスさんのID、ロック解除しときました。これで、俺とは回線がつながります」
「ありがとう、インキュバス!こんど翼エステの無料券あげる!」
「無事アイリスさんが帰れたらね。・・アンジェリカさんにばれないようにしないと。そこにボスもいるんでしょ?もう切りますよ」
データを確認。
マミヤキョウスケ、34歳。
大丈夫、これがあれば行ける!
「女将、ごめんなさい、私先に帰ります。ボス、もう少し寝かせてあげて。このホテルに泊まってます」
私がホテルのカードを渡し、精算をする。
「はいはい。わかりました。この街は物騒な通りも多いから気をつけてね」
女将の声を最後まで聞かないうちに、私は店を飛び出していた。
<続きはこちら>
アイリスが恋したのは、このコンビニの彼↓
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SpecialThanks!
しのさんの居酒屋で、天使たちが泥酔(笑)させてもらいました。
ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!