【曲からチャレンジ】4日目①ショート・ストーリー~Rain
「今日は、降水確率80%。お出掛けには必ず傘を持ってお出掛けください」
テレビで、アイドルみたいに可愛い女子アナが天気予報を伝えている。
雨の日は、好きだ。
世界がしん、と静かになる。いろんなものが、あるべき所へ帰っていく感覚。
すこし大きめの傘は、私の視界を狭くしてくれる。日の光の中では、眩しすぎるものがたくさんあるからだ。
いつもは避けて通る公園に、ひとり佇む。
楽しそうな子供たちの声も、それを見守るママたちの笑顔も、今の私には直視できない。
半年前、私の赤ちゃんはお腹のなかで動かなくなってしまった。
妊婦健診もちゃんと行ってたし、食べ物にも気をつけた。夫はすでに名付けの本を買ってきていた。
原因は、わからないままだった。
どうして。
私が何か悪いことした?
ねえ。どうしてよ。
私は、かなり荒れた。夫はだまって、辛そうな顔で私を受け止めた。
彼だっておなじだったのに。
親になれなかった辛さ。やりきれない気持ち。私は彼の気持ちを考える余裕もなかった。
「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらん」
可愛い歌声が、後ろから近づいてきた。
振り返ると、三歳くらいの男の子が、若い母親と手をつないで歩いてくる。
私の心臓がきゅっと軋み、どきどきと音をたてる。
あの日から、ずっとこんな感じだ。今日は家にだまっていればよかった。
「おねーちゃんの傘にもあめ!」
男の子が私を指差してにっこり笑う。どうやら、私の傘の模様が雨に見えるらしい。
こわい顔になってないだろうか。ちゃんと話せるかな。
私が返事に窮していると、母親が私ににこやかに話しかけてきた。
「すみません、うちの子がお邪魔して。お散歩ですか?」
私は自分の姿を改めて見る。
よれたTシャツに、膝の出たジーンズ。メイクもしていない。
ちゃんときれいにしとけばよかった。
胸の鼓動が、すこし収まる。この人には、あまり緊張しないで話せる気がした。
「あ、はい、そんな感じです」
ぜんぜんだめだ。口の中がカラカラに渇いている。
「お子さんかわいいですね」
そう口から出したとき、わっと何かがあふれてきた。
そうだ。ほんとは避けて通りたくなんかなかった。
かわいいですね、いくつになるの?お母さんお幸せですね。
ここの公園で遊ぶ親子たちに、ちゃんとそう話しかけたかった。
突然涙を溢れさせた私に、男の子が丸い目を向ける。
「おねーちゃんのおめめも、雨なの?」
母親が何かを察したように、男の子に話しかける。
「そうだね。大人でもこころが雨になるときがあるんだよ。ママだってそうだよ」
男の子は私と母親の顔を交互に見つめる。
「今日が雨なら、あしたは晴れるねぇ」
跳ねるような足取りで、男の子がどろどろの砂場に駆けていこうとする。
母親は後を追おうと、急いで私に会釈したが、
ふと、何か思い付いたように振り返った。
「雨の日って、いいですよね。私も泣きたいときはよく雨の中歩くんですよ」
私は何か言いたかったのだが、うまく言葉にならなかった。
あれから10年近くたち、次の妊娠で私は子供を授かることができた。もう5歳になる。
こんな雨の日は、あの親子を思い出す。あの子はもう中学生くらいだろうか。
そして、あの子の母親が
この雨の中、涙を流していなければいいなと思うのだ。
Rain/秦 基博
あとでちょこっとでてきます😃