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レモンの挑戦状

レモンからあなたは何を想像する?
淡い初恋、ファーストキス。
大方そんなかんじかな。

でも私のレモンは、ちがう。

もっと大人で、
もっと切ない。

決して成就しない恋の象徴。

私がこの会社にパートで入ったのは今年になってからだ。待望の企画部に配属されて嬉しかった半面、産後2年、という短くないブランクがあった私は自分が社会に通用するのか、とびくびくしていた。

「原田さんの作るパワポはセンスがあるね」

そんな私を、永沢さんは褒めてくれた。
ぜんぜん、たいしたことないのに。

「あ…ありがとうございます」

でも、うれしい。
声、震えてないかな。

私の直属の上司、永沢部長。
細かく縞の入ったダークブルーのスーツに、薄い水色のシャツ。指輪がなかったから、ちょっと気になっていた。

もしかして、独身?バツイチ?

そんな興味から、少しずつ彼のことが気になるようになった。
シャツはきちんとプレスがかかっているし、背広だってシワがない。さりげないけれど、高価なものだと思う。

そして、香り。

夫のつけるムスクの香水はムッとして嫌いだが、永沢さんのそれは爽やかだ。
柑橘系、うん、たぶんレモンだな。

いつしか私は、永沢さんに会うために会社にいくようになった。
美容にも力を入れた。

彼に会えない土日は、私にとって長い長い苦行の日だ。夫と2歳の娘はもちろん大切。

だけど、永沢さんと会うと心臓が跳ねる。
この人の視線の先にいたい。そんな想いが迸ってしまう。

今日こそ言うんだ。

今日こそ、部長をランチに…

「部長、メールで申請上げたので承認ください」
「おお、章。うん。すぐやるよ」
「お忙しいところすみません」

社内で下の名前で呼ぶんだ、とはっとする。でも吉田主任のことは吉田くん、と呼んでいた。
よほど仲がいいようだ。
章、と呼ばれた優男の顔を見る。30代前半ってところかな。
悪くはないけど、見るからに草食男子って感じね。印象に残らないきれいな顔、って感じ。
最近はこういう顔が流行ってるのかしら。

「お、11時50分か。キリがいいな、章、メシ行くか」
「あ、でも僕経理に出張費の精算に行かないといけませんので」

草食男が首を振る。

永沢さんはそこで引き下がらず、さらに畳み掛けた。なんだか、この男とすごくランチに行きたいみたい。

「本人が行かなくてもいいじゃないか。そうだ、原田さん申し訳ないけど、これ経理にお願いできるかな」
「あ…はい!かしこまりました」
私はつい、ぽかんとしてしまう。
「なんだかすみません、原田さんまだ入られたばかりなのに。経理課の場所わかりますか?」
草食章が済まなさそうに頭を下げる。
「い…いえ、わかります。二階の奥ですよね。どうぞ、行かれてください。あとはやっておきますので」
私が言うと、永沢さんはにっこりと笑った。
「原田さんは仕事もできるし、気も利くんだよ。章もなにかあれば原田さんにお願いするといいよ」

痛い。
永沢さんの褒め言葉は、私には向いていない。
早くここを切り上げてこの男とランチに行きたいのが駄々漏れだ。

「章、こないだのレモンパスタのお礼をさせてくれな」
「いえいえ、そんな。あんなもの」
「いやあ、世界一うまかったよ」
「大袈裟ですよ、部長」
「また行ってもいいかな」
「僕の狭い部屋でよければ、どうぞ」
「章の部屋は趣味がいいよな」

はあああああ!?
部長、コイツの部屋に行ったの?
狭い部屋って何?
狭いところで何したの!

ってかナニしたの!?

ああ、いけないわ、こほん。
妄想が膨らんじゃうわ。

「あのふたり、やたら距離が近いのよね」
隣の席の真美さんがニヤニヤして話しかけてくる。
「いわゆる、ボーイズラブかしら。永沢さんってあんなハイスペックでイケメンなのに、独身だしね」
「そう…なんですか」

ドキドキが止まらない。
いけないわ。不整脈かしら。

女なら対抗しようがあるけど、これはなかなか強敵だわ。

「章くんも彼女長く不在みたい。いい子なのにね。ま、今は多様化の時代だし。あ、私も経理に用事あるから一緒に行こ」

真美さんの後ろを歩きながら、私は握りこぶしを作る。

草食章、今に見てなさい。
絶対に負けないんだから。




あやしもさん「レモン」のスピンオフです。

コッシーさん作の永沢部長があまりに不憫なので、原田さんに恋させました!



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