【連載小説】すまいる屋④
ー晴れちゃったよ。
眠い。眠すぎる。
私は公園のベンチで、もうこのまま横になっちゃおうかと考えているとこだ。
昨日は結局、面接疲れもあって21時にはもう寝ていた。リズムが崩れっぱなしの私には珍しい。
それでも今朝は4時にアラームが鳴ったが、なかなか起きれなかった。
「おはようございます!」
トレーニングウエアを着た、サッパリした風情のこーたさんが現れる。
「お、靴、ちゃんとしてますね!素晴らしいです。こないだのお客様は、ヒールのついた靴で来られたので、さすがの僕もお説教しましたよ」
こーたさんのこの笑顔で「お説教」は恐ろしい。
「階段はね、靴が大事なんです。あとは帰ってからのケアね。同じ靴を毎日履かないこともね。詳しくはここに書いてますから参考までに」
「はい、では行きますよ!まずは準備体操です」
「は、はい!」
私はこーたさんに続き、屈伸をする。これだけで汗が出てくる。
「あ、あの、こーたさん」
こーたさんはすでに、団地の配置図を真剣に見て戦略を練っている。
まるで、登山直前のアルピニストの顔だ。
「なんですか?」
「えと、この団地、全部で10棟あるみたいですけど、今日はどれくらい・・?」
「ああ、そうだ、説明してなかったですよね。すみません」
こーたさんは優しく答えた。
「全部です」
・・30分後・・・
も、もうダメだ。
足が生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えてしまう。
私は4棟めに差し掛かったころから、息が苦しくて仕方なかった。
「大丈夫ですか?」
こーたさんはまったく息が上がっていない。
この人、すごすぎる。
「あの、きゅ、休憩・・」
「こんなときはこれ、使ってください」
こーたさんが差し出したのは、休憩ではなく酸素スプレーだった。
・・・さらに30分後・・・
「はあ、はあ、はあ」
もう言葉も出ない。
こんなに階段を駆け上がったのは小学生以来かもしれない。
途中で何回かバテそうになりながらも、なんとか10棟終わらせた。最近はかくことのない大汗が、こめかみからだくだく流れてくる。
「いやいや、森田さん、すごいですよ」
こーたさんがスポーツドリンクを二つ抱えて来てくれた。
「いや、10棟いきますよ、て言っても大概の女性は途中で逆ギレして帰っちゃう方が多くて。あ、あのピリカさんもこの前6棟でヘバってね。僕を置いて自分だけ車で帰っちゃってね。ヒドイですよね」
な、なんだと!?
だからあんなに昨日逃げてたのね。
私はスポーツドリンクをありがたく受け取り、少しずつ飲む。
美味しい。
今まで、この手の飲み物、美味しいと思ってなかったのに。
「森田さん、根性ありますよ。自分で気づいていないだけで、けっこうタフなんじゃないですか」
「そ、そうでしょうか・・」
私はふうっ、とため息をつく。
「私は姉に比べて、なんにもできなくて。姉はちょっとやれば、すぐセミプロみたいになっちゃう人なんですけど」
「ああ、シノさんはストイックですからね」
こーたさんが気持ちよくあはは、と笑う。
「昔から、姉と比べて自分はダメだなあ、って思うことが多くて。自分に自信がないんです」
実際、なんでも上達が早くて器用なのは姉なのだ。
「ああ、それならなるほど、ピリカさんがいいでしょうね」
こーたさんが楽しそうに言う。
「え?」
「いや、ピリカさんのいちばんの看板メニューはね、その人の強みを見つけることなんですよ。ナントカ心理学、って名前でしたけどね」
「そうなんですか」
「もしかしたらシノさん、それを森田さんに見つけてほしくて、すまいる屋を紹介したのかなあ」
「それ、とは?」
こーたさんがまっすぐに、私を見る。
「森田さんが自分で見えていない、自分の強みですよ」
「私の、強みですか」
たしかに、自分じゃわからない。人に教えてもらえるものだとも思っていなかった。
「強みなんて、そんな・・見つけられるでしょうか・・」
「だってほら」
こーたさんが団地を指差す。
「昨日の夜の段階では森田さん、自分が団地を10棟駆け上がれるって知ってましたか?」
ぶんぶん、と私は首を振る。
「ですよね。こんなことして何になるんだ、って疑いながらもここまで森田さんはやってきた。ちゃんとした靴を履いて」
あくまでも靴にこだわるのね、こーたさん。
「やってみなきゃわからないことってあるんですよね、たくさん。森田さんが自信がない理由はただひとつ。やったことがないからです」
カン、となにかが心に響いた。
たしかに、私が普段「自信がない」といってることは、ほとんど実際にはやったことがない。
絵を書くことも、人前で堂々と自分の考えを話すことも、目立つ色の服を着ることも。
私には向かない、似合わない。と予測して遠ざけてきたものたちだ。
こーたさんは、そんな私をニコニコ笑って言った。
「じゃあ、明日はあっちの団地にいきましょう」
あっちって・・うわ、斜面に立ってる団地だ!
「あそこはね、いい具合の坂になってるから、更にふくらはぎが鍛えられていいんですよー!あ、ちゃんと酸素持ってきますから安心して。いやあ、女の人で初日ここまで来れる人、なかなかいないんですよ。嬉しいなあ」
「・・・あ、はい・・」
今日だけじゃ、なかったのね。
「じゃあ、そういうことで、おつかれさまでした!」
こーたさんは、なんか良いこと言ってくれたわりに、あっさりとバイクで帰っていく。
明日も4時起きなのか。
私は、さっき夢中で駆け上がった団地を振り返る。
うん。なんか不思議な、やりとげた感!
「自信がないことは、やってないだけ・・」
さっきのこーたさんの話が、ずっと心から離れない。痛いところ突かれた、という感じだ。
私、やれるかな?
やってないのだから、まだ勝つか負けるかわからない。例え負けたって、失うものなどなにもないじゃないか。
「よしゃ!」
私は気合いを入れて、朝焼けの公園を後にする。しかも、まだ朝の6時半だ。
普段は見ない、始まったばかりの街。
「早起きは三文の得!」
帰りにコンビニに寄って、ごほうびのおやつを買おう。それくらいしてもいい。
「だって、10棟駆け上がったんだもん、私」
一人笑いが漏れてくる。足は疲れているが、気持ちよかった。
今日は、絶対にいい日になる。
私は、ちょっとしたお祝い気分で、朝の街を家へと急いだ。
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だんだんとこーたさんが筋肉トレーニング野郎みたいになってきましたが(ゴメン(笑))
本物のこーたさんは心やさしき青年です😃
実際にやらずに遠ざけること、ありますよね。私はこればっかりです。
反省もこめて書かせてもらいました☺️
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