【連載小説】すまいる屋⑦
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「だいぶ、脚のラインがかっこよくなりましたね!」
カニさんがメジャーを片手に、色見本をめくりながら褒めてくれた。
ここの人たちは、みんな褒め上手だ。
「そりゃあもう、二週間も僕とトレーニングしてますから、当たり前ですよ」
こーたさんは私のためにいろんな運動メニューを作ってくれて、最近はひとりでも少しずつやれるようになってきた。
乱れに乱れていた生活も、だんだん整ってくる。生活リズムが整うと、やはり気持ちが落ち着く。
継続が大事、って最初こーたさん言ってたもんな。
「北海道なら、こういう鍛え方もあるんですけどね!こっちではなかなかできないし。あ、僕乗るほうですけどね」
「こーたさんは、北海道ご出身なんですね」
カニさんは関西、ピリカさんは九州、三人とも様々なんだなあ。
「そうなんです。みんなそれぞれの土地で働いてたんですが、オーナーからヘッドハンティングで声がかかりましてね」
「オーナーさんが別にいらっしゃるんですか」
ピリカさんがオーナーだと思っていたら、違うらしい。
「一番古株はピリカさんですけど、オーナーはお忙しくて。僕も年に1、2回しか会えないんです」
「こーたさん、オーナーがこられる日に限って、迷子になって遅刻するから会えないんですよ」
カニさんがからかう。
「まあ、そうなんですけどね。そんなことより、今日の森田さんの時間割はなんですか?」
「今日は、カニさんとスーツを見に行ってきました!パーソナルカラーの診断も、百貨店でしてもらったんです」
カニさんは手元の資料とにらめっこだ。
「森田さんはウィンターだから、黒がいちばん似合うんですけど、普段使いもできるようなのを探したいんですよね。面接だけで着なくなるのはもったいないから」
「なるほど。女の人の洋服選びは大変ですねえ。」
こーたさんがのんびりと言う。
「で、森田さんはどういう仕事を探してるんですか?そろそろ、練習ばかりではなくて成果を試してみたら」
私は、肩をすくめた。
「はい、それがですね・・ピリカさんと面接の練習はしてるんですが・・なかなか定まらなくて」
そうなのだ。
リズムをいくら整えても、似合う服を教えてもらっても、私のやりたいことが明確にならなければ、
すまいる屋の人たちの時間を無駄にしてしまう。
クライアントは、私だけではないのだから。
でも最近の私は、考えれば考えるほど、ひとつのことにたどり着いてしまうのだ。
ずっとずっと、最近頭から離れないこと。
「あの、こーたさん」
カニさんが外に出たのを見計らって、私は切り出す。
「はい、なんですか?」
「私、ここを手伝う・・というのはダメでしょうか」
「え?」
こーたさんもびっくりして聞き直す。
「今までの経験の中」から仕事を探すのはいつでもできる。
すまいる屋のバックアップがある今だけでも、思いきって自分が本当にやりたい仕事に挑戦する、と私はピリカさんに約束した。
ほんとにやりたいこと。
それを突き詰めれば突き詰めるだけ、その理想はこのすまいる屋に繋がってしまう。
この三人みたいに、悩んでる人の手助けをしたい。
そして自分も思いっきり輝きたい。
そんな思いが、頭から離れない。
「真剣なんですか?」
こーたさんの声が響く。
疑われてもしかたない。私はまだここにきて二週間しかたっていないのだから。
「楽な仕事じゃないですよ。見かけほどキラキラもしていない。給料だって、多くはないです。オーナーが資金を出してくれてるから、続けていけてますが・・これから先も安定してるとは言えません。クライアントさんを結果へ導くプレッシャーも大きい」
「わかってます」
「じゃあ、森田さんはこのすまいる屋で、クライアントさんのために何ができるんでしょう」
ガン、と頭を叩かれたような気がした。
こーたさんなら、「いいですねぇ」と言ってくれるんじゃないかと期待していたんだ。
静かではあるけれど、熱のある声。視線。
こんなこーたさんは初めて見た。
「それは・・っ、あの・・」
悔しい。
「人の役に立ちたい」という気持ちだけで、私に何ができるのか、に考えが及んでいなかった。
まるで、子供の「将来の夢」レベルだ。
私は言葉に詰まり、唇を噛み締めた。
泣きそうなのをぐっと我慢する。
「僕は賛成も反対もしませんよ。ただね、なんとなくの気持ちだけでは、カニさんはともかく、ピリカさんはうんとは言わないでしょうね」
こーたさんの言葉が、がんがんと頭に響く。
言わなきゃよかった。
「・・・帰ります」
私は帰り支度を始める。
はやくここから逃げ出したい。軽い気持ちで口に出した自分が嫌でたまらなかった。
「ただいまー」
間の悪いことに、ピリカさんが帰ってくる。
こんな顔で会いたくない。
「ごめんなさいね、銀行が混んでて・・ってあれ、森田さま今日は・・」
ピリカさんの言葉が終わるのと、私がドアを閉めるのと同時だった。
変に思われただろうな。こーたさんに迷惑がかからなければいいけど。
明日・・トレーニング、してくれるのかな。
いつかは独りで立たないといけない。私がクライアントだから、みんな関わってくれるだけなんだから。
部屋に帰るとすぐにスマホが鳴る。姉からだ。
「ちょっと、あんた大丈夫?いまこーたくんから電話あったわよ。オロオロして何て言ってるかわかんなかったけど」
「シノ姉ちゃん・・」
姉の声を聞いた瞬間、感情が溢れだしてくる。
わーーん!
私は年甲斐もなく、大泣きした。
ひっくひっく、としゃくりあげながら、姉に全部ぶちまけた。
「そういうことだったのね。まあ、あんたも軽々しく言うことじゃなかったわね」
ぐさっ。
「しかもまだ、二週間だもんねぇ」
ぐさぐさっ。
「・・でも、あんたの気持ちもわかるわ。あそこ、あったかいんだもんね。こたつみたいでね。外に出たくなくなるような場所だもん」
「シノ姉ちゃん・・」
「私は、あんたをよく知ってる。自分から何かをしたい、て言い出すのは学生以来初めてだもん。軽い気持ちなんかじゃないのは、私がいちばん知ってるよ」
姉の声が温かい。
「あんた、せっかくコミニュケーション習ってるんでしょう。だいぶ自信もついてきたでしょう。泣いてばかりいないで、今までの成果をがつんと、あの三人に見せてやんなさいよ」
「でも・・どうやれば」
「プレゼンよ、プレゼン!あんた、さんざんピリカさんに習ったんでしょ!」
なんだか姉は、ウキウキしているようにも聞こえる。
「あんたの志望の動機、ってやつを真剣にぶつけてみなさいよ、すまいる屋のみんなに」
そうきたか。
私は、知らないうちに握りこぶしを作っていた。できるだろうか。
冷たい汗がじっとりと、身体を湿らせる。
ううん、やる。
やるしかないのだ。
最終回はこちら↓
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さあ、物語もだんだん終わりに近づいてきました。
こーたさん、やはりいいですね。課題を気づかせるのが上手な人です。
せっかくの熱い思いも、伝わらなければ何にもならない。伝えるために何をするのか、が大事。
さあ、どうなるか、次回はいよいよ最終回!
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