【火曜日更新】ピリカの荒ぶりエッセイ~④
無記名アンケートに荒ぶる火曜日
どの業界も、お客さまの声というのは大切だ。潜在的な不満を把握し、大クレームになる前に解決させるため。あるいは、社員の不正をあぶりだすためもあるだろう。
私は普段進んで書く方ではないが、企業の成長や品質をあげていくためには、やはり貴重な情報だと思っている。
私の働く金融業はお金がからむぶん、担当者に対してのお客さまの見る目は厳しい。こちらが発した言葉も意図しない方向に受け取られ、時によかれと思ってやったことがお客さまの気持ちを逆撫ですることもある。
「皆様に100点をいただく」ことはほぼ不可能だが、やはり何かしらで採点されることは必要なのだろう。
そこはよくわかっているつもりでは、ある。
ミスは真摯に受け止め、なにかあれば謝罪は一刻も早く行う。お客さまの感性の違いは、できるだけ理解しようとつとめなければならない。
しかし、だ。
中には解決したくてもできない案件があるのだ。そして、今私はけっこうな感じで困っている。
その日私は、一通のアンケート用紙を手に考えあぐねていた。
そのアンケートは、定期的に会社が出すもので、「そろそろ契約を見直したい」「住所が変更になった」など該当欄に○をつけポストに投函し、返信いただく仕組みだ。フリーに書き込める欄と、住所氏名の欄がある。
そのアンケートのフリー欄には、「なんどもなんども連絡してるのに、電話に出ない」的なお叱りが書いてあった。
「へ?」と思い、宛名を見直す。間違いない、私宛だった。
まさに青天の霹靂である。まったく覚えがない。
おそらく男性の字だろう。わりと高齢のかたではないかと思う。
私は文字の鑑定は出来ないが、およそおおらかな人格とは想像できないような字体であった。
私は首をかしげる。
自慢じゃないが、私は電話やメール、LINEは商談中でもないかぎり随時チェックしている。「何度も」同じ電話番号からかかってくる着信を見逃すことはない、と言いきっていいと思う。
毎日夜には返信忘れがないかチェックしているし、年に数回は全世帯にフォローの電話を入れる。大概電話は通じないが、かけた履歴がシステムに残るため、「連絡がこない云々」というお客さまのクレームに対抗するためだ。
「何も用事はないのだから、こちらからかけない限り電話しないで欲しい」と言われることはたまにあれど、「何度もかけてるのに返事がない」は、私的にはほぼありえないのである。
住所欄を見ると、真っ白。
連絡しろと言っている割には名前すら書かれていない。
これでは連絡のつけようがないではないか。
何度も連絡している、というのなら、恐らく登録をまちがえたか何かで、別の番号にかけていらっしゃるのだろう。
私からの連絡も、そのせいで取られないのではと予測できる。
それにしてもねえ。
この件を解決したくても、送り主がわからないかぎり、確かめるには全世帯に電話して一軒一軒聞いてみるしか方法はない。
ヒントといえば葉書の消印くらいだが、まったく推定範囲を狭めるほどのヒントにもならない。
全世帯に電話をかけたところで、上に書いたような理由ですれ違ってるなら、繋がりようがないではないか。そしてまた、「連絡がない」とアンケートに書かれるという、悪循環が永遠に続きそうである。
どうしたもんかと考えあぐね、上司に相談するも「う~ん、確かにこれでは何もできないな」といっしょに考え込むだけであった。
何も解決しないけれど、ほっとくわけにもいかない。とりあえずまた全世帯にかけてみるしかない、ということになった。
そしてまた、「かけてこないで」派の人に迷惑がられるのだ。まさに泣きっ面に蜂である。
対応が悪い、話し方が悪い、などのご指摘なら無記名でも構わない。自分の行動を反省し、改善すればいいのだ。しかし、今回の件はちがう。ちゃんと連絡先を書いてくれればこちらだってすぐに対応できるのに、それをさせてくれないのはお客さまのほうである。
荒ぶっても仕方がないが、この世にはどうにも飲み込めないこともある。
私はどうやればこの冤罪を晴らせるのか。ほんと、筆跡を鑑定に回し指紋を検出し、警察犬に匂いを嗅がせ、送り主を特定してやりたい気分である。
だが私は科捜研の女でも、女検事霞裕子でもない。しがないただの営業マンである。私にできる調査などひとつもない。
何者でもない私はくそう、と悪態をたれつつスマホを握るしかないのであった…。