【白4企画応募】Oniga-shi-ma
「…モ…モ…!応答…セヨ!モ…モ!」
うるせえよ。
「覚醒…応答セヨ…モ…モモ…ピーーーーッ」
うるせえって。
なんだよ、人が気持ちよく寝てるときに。ラジオの音にしちゃやたらノイズが入るな。
起き上がろうとするが、頭ががんがんと割れるように痛む。
どうやらベッドの上らしい。病院か?
昨日酒でも飲み過ぎたっけ?
目を開けると、真っ白な天井がぐるぐると回っていた。眩暈なのか、本当に天井が回っているのかよくわからない。
ぐおーん、ぐおーん、とダクト音のようなものが響く。
とても不快だ。
「なんだ…ここは」
不安に襲われ、つぶやいてみる。
声が自分のものとは思えないくらい嗄れていて、喉がやたら乾いている。ごくん、と唾を飲み込むだけで喉が痛む。
「よかった、目覚めた?」
女の声だ。
首だけを回して声のしたほうを見る。
すらりとした、白衣のようなものを羽織った女が俺を見下ろしている。
やはり病院なのか、見回すとベッドがいくつも横並びに並んでいた。
アルコール中毒でも起こして運ばれたのかもしれない。
「俺……どうして……」
ここにいるんだ、といいかけてひゅーっ、ひゅーっ、と喘息の発作のようになり、俺はごほんごほんと咳き込んだ。
とても苦しい。咳き込みすぎて涙が出る。
オエッ、と吐きそうになったが、ふしぎと胃液さえ出てこない。
「ああ、しゃべらないほうがいいよ。コールドスリープって身体にけっこう負担かかるから。しばらくは呼吸に全集中したほうがいい。…ちょっとごめんね。診るよ」
女はさらりと言って、俺の顔を両手で挟み下まぶたを指でぐいっと下へ開く。
「ちょっと眼振があるみたいだけど、異常はないね。眩暈がするかな?…大丈夫、しばらくすると落ち着くから。…ああもう、うるさいな。応答しないと怒られるから、おとなしく座ってて」
早口にそう言うと、女はテーブルの上に置かれた旧式のラジカセのようなもののスイッチを押した。
ピーーーーッ、という不快な音が止まる。
「こちらキジー。ボクと同室の男が目覚めた」
「…了…解。引続き報……し…」
またノイズがブチブチと入り、通信は途切れた。
「まったく、どうせ置いていくなら使えるもの置いてけばいいのに」
女はガン、と椅子を蹴っ飛ばす。顔に似合わずなかなか荒っぽい性格らしい。
ふらつきながらも俺は、素早く女の後ろに回り込み、首を腕で締め上げる。目が回るが、さっきよりはまだましだ。
女はヒイ、と言って両手をあげる。
「ここはどこだ」
空いてる方の手でポケットを探る。ない。俺の護身用のナイフは抜き取られていた。
「ナイフをどこにやった。おまえは何者だ」
女がヒールの踵で俺の足を思いっきり踏みつける。激痛が走り、思わず腕が離れてしまった。
「あんたねえ!助けてやったのに何だよその態度。ボクらがいなきゃ、あんた確実に餓死か凍死確定だからね!」
「僕ら?」
女は乱れた髪をまとめ直し、ふん、と鼻を鳴らした。
整った顔立ちをしているが、化粧っ気はなく少年のようにも見える。
「ボクはキジー。たぶんね。2日前にあんたの隣で目覚めた。これでいい?」
「たぶん?」
妙なことを言う。
「ボクだってあんたといっしょさ。目覚めたらここにいた。誰に連れてこられたのか、ぜんぜんわかんない。記憶がぶっとんでるみたいで。あんた、自分の名前言える?」
クスリでもやってるのかこいつ。
「ラリってるお前と一緒にすんな。俺はまともだ。俺は…俺の名前は…」
うっ、と言葉につまり、嫌な汗が吹き出す。
名前。
わからないのか?
俺の名前は…なんだ?
「ああ、これじゃない?」
女がベッドの側に吊るしてあるボードを指差して言う。
「モモタ・ロウだって。へんな名前」
🍑
「キジー、最後の男が目覚めたって?」
パタパタと音がして、2人の男が入ってきた。
ひとりは背が小さく短髪で、鋭い目をしている。運動でもしていたのか顔がうっすらと赤い。
「それがひどいんだよ。せっかく覚醒をサポートしてあげたのにさ、コイツボクを締め上げたの。失礼しちゃう」
キジーという女が唇をとがらせると、赤ら顔の短髪の男がカッとして目を三角にする。
「お前!キジーになんてこと!」
「まあまあ、やめとけマンキー。君だって目覚めたときは僕を犯罪者扱いして殴ったじゃないか。みんな覚醒直後は混乱するさ」
後ろにいた男は大柄で、ゆったりと言った。
豊かな黒髪を後ろでひとつにまとめている。
まるで、ネイティブアメリカンのような風貌だなと思い、なぜそれがわかるのかと不思議になった。
自分の名前は出てこないのに。
この男、温和そうに見えるが、その目は決して俺に対して警戒を解いてはいない。
下手な動きをしないほうがよさそうだ。
「やあ、僕はドク。こいつはマンキーだ。悪いやつじゃないんだ、許してくれよ。ただちょっとキジーに惚れてるだけだ」
「ち、ちっげーし!キジーはただの仲間だし!」
マンキーは唾を飛ばしながら手をぶんぶんと振り回す。顔はさらに真っ赤だ。
確かに悪い男ではないようだが、まったく、単純なヤツだな。
「ああもう、心底どうでもいい」
キジーがめんどくさそうに首を振り、ドクに向き直る。
「これで全員が覚醒した。オ=ジーにも報告入れたから、やっと話が聞けるはずだよ」
「ああ、そうだな。なかなか君が覚醒しないから、やきもきしたよ。4人揃わなければ情報は公開されないようでね。体質が合わないやつは解凍時に水分が抜けすぎてミイラになってしまうらしい。コールドスリープってのは、厄介だよな。君が目覚めなければ、僕らはおしまいだった。まずは、君に感謝だよ」
「コールドスリープ?」
何の話だ?
「ああもう、だから!俺らはなんらかの目的で集められ、全員冷凍されてここに送られたんだよ。細かいことは知らん。俺らも混乱してるんだ。ホント鈍いなお前」
マンキーが小さい目を一生懸命見開いて言う。
やれやれ。
どうやら彼には嫌われてしまったらしい。
「何日もこの状態でここにいるのか?よく正常でいられるな。逃げようと思わなかったのか?」
俺はドクに聞いた。
この男がいちばんまともに話ができそうだ。
ドクはため息をつく。
「ドアは完全にロックされている。何度か試してみたがダメだった。4人の生体情報が揃わないと開かないらしい」
「クソだな」
つぶやくと、マンキーがまた俺を睨み付ける。
「食料は?水はあるのか?」
「それは心配いらないよ」
キジーがにっこり笑った。
「奥のキッチンに冷凍食品がたんまりと貯蔵されてる。長期戦になるのに備えてたのかな。野菜、肉、魚、麺類。野菜の種や、園芸セットさえ準備されてた。マンキーはどうやら元の世界ではシェフだったみたいだよ。たくさんの料理をレシピも見ずに迅速に作れる」
「そういうこと。だから俺に毒殺されないように気をつけな」
マンキーがふん、と鼻息荒く言った。
「そして、どうやらボクは医学の心得があるみたい。自分のデータは思い出せないのに、薬の名前はたくさん出てくる。病名もね。まあ、今のところ不自由はないよ」
キジーのあとに、ドクが続ける。
「僕はエンジニアだったようだ。ここのシステムも初めてだったけど、まるで20年働いた職場のように扱いかたがわかる。不思議だね」
感覚が残ってる、というわけか。
いや、そこだけあえて残されたのか。
「で、あんたは?何ができるんだ?」
マンキーがつっけんどんに言う。
俺?
俺は…俺は何ができる?
「これ、あんたのロッカーの鍵だよ。たぶん連れてこられた時の荷物が入っているはず。見てみるといい」
キジーが小さな鍵を投げてよこす。
なんだろう。
目覚めたとき、俺はポケットにナイフがある、と自覚していた。
いつもナイフを持ち歩く癖があったのか?
自分の身を護るためか、それとも…。
かちり、と音がしてロッカーの鍵が開く。
嫌な予感がする。
「何が入ってた?」
ドクが後ろから覗き見て、すっ、と無言で身をひいた。
緊迫感が走る。
ロッカーの中には、折り畳みナイフと拳銃が入っていた。
🍑
「君の素性はさておき、だ。とにかくオ=ジーのメッセージを再生しようじゃないか。君だって、やたら拳銃を撃ちまくるタイプではなさそうだしね」
ドクは冷静だ。
「そ、そうだね。そうしようよマンキー」
キジーが強ばった笑顔でマンキーの肩をぽん、と叩く。
マンキーは拳を握ったまま、渋々頷いた。
「オ=ジーとは誰だ?」
「ボクがさっき通信機で話してた相手だよ。ボクたちのことを集めてきた人らしい。ここがどこなのかもしらないけど、やたらノイズがはいるんだよね」
「とにかく、情報がないと動きようがない。モモタ、あのパネルの前に立ってくれ。そして網膜と指紋認証だ」
「変な動きしたら承知しねえからな」
キジーがマンキーをあきれたように見てため息をつく。この男、どんどん自分の首を締めていやがる。
俺はコントロールパネルの前に立つ。
訳のわからない文字列が反転し、光がまたたいたかと思うと、さあっと真っ白な部屋が一瞬で変化する。
これは……そう。映画で見た宇宙船の内部のような感じ。
「何…これ」
キジーが怯えたように腕で我が身を抱く。
「鍵が開いたのさ。一歩前進だ。おいマンキー!あちこちさわるな。いま壊されちゃ、僕だって修理のしかたがわからないぞ」
さすがのドクも、語気が荒くなっている。動転しているようだ。
パッ、とスクリーンに2人の老人が映った。
「秋チームは全員覚醒だな。おめでとう」
🍑
しゃがれた声。
さっきの通信機からの声と同じようだ。
「あんたがオ=ジーか?」
マンキーが鋭い声で聞く。
老人のひとりが唇の端をかすかに上げた。笑ったつもりかもしれない。
「そうだ。私がオ=ジー。隣はオ=バー。私たちは陽と陰。光と影、ふたりでひとりだ。君たちのチームの担当をしている」
「担当?ボクらはあんたに管理されてるってことなのかな。やなカンジ」
キジーが不機嫌そうに肩を竦める。
「そうだな、そういう言い方もできるかもしれないが、実際の管理者は君だ、モモタ」
「俺が?」
3人の目が俺に集まる。
「なぜ俺が?だいたいなんでこんな目にあわなきゃならない。記憶まで消しやがって」
「愚かな」
オ=バーが少し肩を揺らした。
外見はオ=ジーと見分けがつかないが、オ=バーの声のほうが若干聞き取りやすい。
「記憶なんて無意味でしょう。もうあなたたちのいた世界は滅んだ。過去に誰と何をしていたなんて、知ってどうするのですか。知らないほうがいいこともある」
「滅んだ?どういうこと?」
キジーが混乱したように声を上げる。
「やれやれ、やけに何でも知りたがるチームだな。仕方ない、話してやってくれ。オ=バー」
そこから、オ=バーの長い話がはじまった。
俺たちの暮らした世界は、巨大な隕石の衝突により消滅。ほとんどの人類は異常気象による世界規模の火災、水害、そして竜巻により命を落としたということ。
同盟国が瀕死の国民のうち、30歳以下の数人を選別し、いくつかのチームに分けた。体力、知力、性格、持病の有無、犯罪歴の有無。すべてが秘密裏に調べあげられていたそうだ。
そして、俺たちを冷凍保存した。
すでに崩壊寸前の地球の他に、人類が居住可能な環境の星を探すための要員として、異空間に飛ばしたのだと言う。
「ここはあなたたちの知っている世界ではない。私たちは、このチームを含め4つの集団に分けました。あちこちの時空の狭間へと送りあなたたちの命を護ったのです。やるべきはふたつのこと。ひとつは他の3チームを探して合流し、協力して人類が適応できる環境を探すこと。そしてもうひとつ」
オ=バーがそこでふと、声のトーンを落とした。
「異星人を全滅させ、領地を占拠することです」
「つまり戦争ってことか」
ドクが緊迫した声で聞く。
「まあ簡単に言うと、そういうところだ」
オ=ジーが後を継いだ。
「他のチームは3つだ。春、夏、冬のチームがこの時空のどこかにいる。君たちの唯一の仲間だ。ちなみに、私たちに聞かれても答えられないからそのつもりで。この船は時間も空間も自在に移動できる。他の人類と早く合流し、情報を分かち合うのだ。ただし、それぞれのチーム全員が覚醒に適合せねば、この情報は明らかにされない規定になっている。ひとりでも覚醒に失敗すると目的も知らされない。他チームに運良く遭遇すればいいが、そうでなければいたずらに空間を彷徨い、いつかは飢え死にだ」
意味不明。
なんだこの話は?
現実のことなのか?
他の3人を見ると、真っ青になって空を見つめている。
「モモタは元傭兵だった男だ。戦い方は彼に習え。キジー、マンキー、ドク。君たちはそれぞれに優れたスペックを持っている。我々が選んだ人間だ。きっといいチームになるだろう。モモタに協力して「オニガ・シーマー」と呼ばれる星を人類の第2の生息地にするのだ。私たちの話は以上。これから先はこのダンゴに聞け。誘導AIだ。もしかしたら君たちより知能は高いかもしれないぞ。自由に使うが良い」
オ=ジーは言い終わると、画面は予告もなくフッ、と消えた。
ダンゴ、と呼ばれた球体が目の前に出現する。「ワタシハ、ダンゴ。ワタシハ、ダンゴ」と繰り返している。なんだかイラつく声だ。
沈黙が続く。
頭がくらくらする。
「…とりあえず、ご飯たべながら考えない?ボク、お腹へった。マンキー、チキン焼いてよ」
キジーが無理に作った明るい声を出し、みんなそれにつられるようにキッチンへと移動していく。
それに続く気にはなれない。
まだ食欲はない。
俺はただ、ダンゴと呼ばれたおしゃべりな球体を見つめることしかできない。
「モモタ・ロウ、アナタノタビハ、ココカラデス」
ダンゴはそう言って、突然小さくなり俺の腰ベルトに収まる。
「サア、イクノデス、オニガシーマーへ!ジャジャジャーン♪ジャジャジャジャーン♪」
「なんだその歌は」
「エンドロールデス。キョウハココマデ~」
俺はダンゴを黙らせるため、一発食らわせる。
やれやれ、今からどうすんだよ。
「モモター!チキンが焼けたよ」
キジーの声に、腹がぐう、っとなり空腹を感じた。
俺もキッチンへ向かう。
とりあえず、なんか食ってから考えるか。
🍑
元ネタ紹介ーー!
元ネタ①
田村由美先生の名作「7SEEDS」
コールドスリープ、種の保存、春夏秋冬のチームの設定はこちらからパクりました(^^;)
ぜひ面白いので読んでみて!!
元ネタ②
桃太郎と五行説
こちらはマジメなお話。
桃太郎が五行説にちなんだお話というのは有名な話ですね!
古代中国では、方位や季節、時刻を表すのに十二支の漢字を充てていました。記号のようなものです。
(ちなみに、十二支の漢字本来の意味は実際の動物とは無関係です。卯=兎、や戌=犬のことではありません。実際の動物が十二支にあてはめらはれだしたのは、ずっと後世です)
なので、卯年だからジャンプして飛躍の年に~とか、子年だからマメに動く~とかはあまり意味がないのです。実は。
上の図を見てください。
戌、酉、申(いぬ、とり、さる)月は季節に分類すると秋になります。
なので秋チームですね!
ちなみに、秋は五行では「金」を意味します。
鬼を退治して金銀財宝を手にいれる設定も、ここの由来から来ています。
古来、方角には鬼門、という概念がありました。邪なものは鬼門の方角から入ってくる、という考え方です。
鬼門は「丑寅」の方向に位置付けられていました。なので、「鬼」の外見は牛のような角と虎柄のパンツを穿いている、とされたのです。
上の図からわかるように、丑寅は冬と春の変わり目の十二支です。
冬と春の変わり目といえば?
そう、節分ですね。なので「鬼」を退治するために豆を撒くわけですね。
と、いうように季節の行事にも五行説は色濃く根付いているんですよ。
鬼門(冬と春の変わり目)に対して相克(やっつける)する方角の戌(犬)、酉(キジ)、申(サル)が秋を象徴する果物「桃」太郎によって邪なものを成敗する、という概念が物語に投影されています。
ちなみに、地図で見る「子午線」は子(ね)=北をと午(うま)=南を結ぶ線のことです。
私たちが使っている言葉の中に、こういう語源がたくさんあるんですよ。
以上、ピリカの元ネタでございました。
白鉛筆さんの企画、個性豊かなたくさんの桃太郎が集いそうですね!
読ませていただくのを楽しみにしております!
こちらの企画に参加いたします。