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【曲からチャレンジ1日目】ショート・ストーリー~真夏の通り雨

決して口に出せない想いというのは、いつか空に帰るのだろうか。

空に昇り、雨となり、あの人の肩にそっと降り続けることができるのなら、それもいいかもしれない。

私は私のことを、よくわかっている。

感情が顔に出やすい質だ。

そして、嘘をつくのも作り笑いも苦手だ。



このままではきっと、自分の気持ちをぶつけてしまう。

姉ともうすぐ結婚する、幸せそうなあの人に。


先に私が出会えていたのなら、言い訳もできた。ドラマでよくあるやつだ。

私が好きになったのは早かった、と言えるだけでどんなに楽だろう。


情状酌量の余地はなかった。


私は、「姉の恋人」として家に来た人を愛してしまったのだ。

まっすぐに、

そして、とても激しく。


「カナちゃん、おつかれさま」

姉が息をきらし追いかけてくる。どうせ帰る家はいっしょなのに。

「・・お帰り、お姉ちゃん」

声が低く、こもってしまう。これじゃ機嫌悪いのがバレバレだ。取り繕うために、ことばをつなぐ。

「仕事、今日までだったの?」

「そうね、そろそろ準備にかからないといけないからね」

パキパキと話す姉は、とてもきれいだ。もともと美人だが、幸せというのはそこに色を足すものなんだろう。

「・・そっか」

また低い声が出てしまった。やはり、嘘は苦手だ。

セミの声が、やたらうるさい。
それを聞いている振りをして、私は黙って歩いた。

「カナ、最近元気ないね。仕事うまくいってないの?」

「・・え?普通だよ」

「こらカナ、こっち向く」

姉が私の顔を両手に挟み、体ごと向きを変えさせる。

「何年あんたの姉やってると思ってんの。・・雅彦くんのことね?」

しとしとと、雨が降ってきた。私たち二人とも傘を持っていない。

湿気を含む風が、じわりと体を冷していく。

雨に濡れながら、姉妹が男をめぐって自宅前の道で真っ直ぐに見つめあっている。

まったく、これで刺し違えでもしたら格好のワイドショーのネタじゃないか。

「カナ、雅彦くんが好きなのね?」

姉の視線は、不思議と尖ってはいなかった。憎しみよりも、原因を突きとめたい目だ。

「・・知ってたの」

私も正面から見つめ返す。こういうときに目をそらした方が敗けだ。

「当たり前でしょ。何年カナの姉をやってると思うの。はっきり聞くね。雅彦くんがカナに何かしたの?」

さすがに、姉のよく通る声が不安そうに響く。

「まさか」

私も、不思議とまっすぐな気持ちで話している。姉の態度に含みがないからだろう。

「私が勝手に好きになっただけだよ」

「わかった」

姉の声がピン、と一段高くなる。

「雅彦くんに、あんたちゃんと言いなさい。好きだって」

「はあ?」

この提案には、さすがに私もびっくりしてしまった。

「ちょっと、さっきお姉ちゃん自分で言ったじゃない。明日から準備に入るって」

「そうよ」

姉はスマホを取り出した。彼にメールしているようだ。

「だから、まだその前でよかったわ」

「雅彦さんを困らせたくないよ」

「それじゃ、あんたが困るでしょうよ」

姉はずい、と顔を近づける。

「正直、気持ちの良いもんじゃないけど、あんたとこれが原因で一生疎遠になる方が嫌だわ。雅彦くんに、ちゃんと決めてもらいましょう」

「き、決めるってそんな」

「大丈夫。私だって勝算はあるから言ってるのよ」

姉が、ふと空を見上げる。濡れた髪が、変にまた絵になる人だ。

「ただし、選ばれなかったほうは、きっぱり手を引くこと。いいわね?」

「・・雅彦さんが、選べなかったら?」

私が挑むように言うと、

「その時は」

姉は凛と言い放つ。

「そんな男、私が選ばないわ」

どちらかともなく、笑顔になる。

予想外の話の展開に、

この状況がすごくおかしくなり、声を立てて笑い出した。

参った。
この人には勝てないや。


「さ、帰ろ。虹も出てきたよ」

姉が空を指差す。

通り雨はいつか止んでいた。



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