【曲からチャレンジ】4日め③ショート・ストーリー~また君に会える
僕ら3人はウカれすぎてた。
免許とったばかりのヤスの運転は、正直あぶなっかしいものだったけど、多少の揺れは気にならないくらい、ハイテンションだった。
「ああ、もうオレはやくおねーちゃんと海に入りたい」
タカシは昨日から鼻息が荒い。
「オレももう水着スタンバってるもんねー」ヤスもノリノリだ。
「いいからちゃんと前見て運転しろ、ヤス」
僕が言うと、ヤスがさらにニヤついて返す。
「はーい。お前なに冷静ぶっこいてんのよ。夏ですよ、海ですよ、そして・・あーもう、オレこれ以上言えない」
別に冷静なわけじゃない。今日の1日にそれなりに期待もしている。ただ、それを表現するのが下手なんだ僕は。
胸がでかいほうがいいに決まってるだの、いやポイントは脚だの尻だのとまったく生産性のない話をしながら、僕たちは海へ向かっていた。
ヤスのミラは新車じゃない。ヤスの兄貴が親父さんからもらい受けたものを、またもらい受けた。
この時点で、メンテナンスは大丈夫なのか心配じゃないとはいえなかった。しかし、それを上回る鼻息の荒さで、僕たちはいっぱいいっぱいだった。
タカシが待ちきれず後部座席で浮き輪を膨らまし始めた頃、エンジン音がだんだん怪しくなった。
ドドドド・・カラッ、カラッ.、ド、ド・・
「おいおいヤス、大丈夫なのかよ」
頼りないエンジン音は、ガラッ、という大きな音とともに、止まった。
「・・あ」
ヤスが固まる。
「ちょっと、もうヤバイみたい」
「 マジかよー!海までもう少しだろ!うごかねーのかよ」
タカシが後ろから前に乗り込んでくる。
「こりゃダメだ。ロードサービスだな」
ヤスが車を出て、電話をかける間、タカシが「ロードサービスから、むちむちのお姉さんが来てくれないかなあ」などと未練がましく愚痴っている。
「むちむちのお姉さんじゃなくて、ムキムキの兄さんだろうな、来るなら」
「えー・・ぜんぜん楽しくねぇ」
タカシのテンションがダダ下がりした頃、やっとヤスが戻ってきた。
「今日混んでるみたいで、一時間半待ちだって」
時計をみると、もう14時近かった。
「えええーっ」タカシが大袈裟にショボくれる。
「もう夕方はみんな相手見つけてイチャイチャしてるころじゃん!そんなときにいったって遅いよー」
「うるせぇよタカシ」ヤスがパチン、とタカシのおでこを叩く。
「とにかく、もうちょっと路肩に車寄せたほうがいいな」
「どーやって?」
僕が言うと、ヤスが笑って言う。
「オレ、ハンドル守らなきゃだから、お前らふたりとも押せよ」
「えっ・・この炎天下で?」
「しかたねーだろが」
かくして、タカシと僕は後ろからミラを押し、やっと他の車のじゃまにならないところまで寄せた。
「あー、もう無理。しかもあっつ!」タカシがへなへなと座り込む。
「車の中より、外が涼しいぞ」
幸い、近くに自販機があったので助かったが、ひとつまちがうと全員熱中症で病院いきになってもおかしくなかった。
僕たちは、いかにも「めっちゃ張り切りすぎて海にくる途中で車が故障した人」だった。
通りすぎる車は、だいたいカップル。なかには助手席の女の子が僕らを見て大笑いしている車もあった。
「あー、オレ生きてるのがつらい」タカシがつぶやき、「お前簡単に凹むなあ」とヤスがまたぺしっ、と額を叩く。
僕はそれを横目で見ながら、一台のピンク色の軽自動車に目を奪われた。
元カノのエリの車だ。目が合った。
「あ、エリ」僕がつぶやくと、耳ざといタカシが「えっ、どこよ」と反応する。
「ヨシヒコ、もしエリちゃん引き返してきたらお前先に帰っていいからな」
ヤスが言う。僕も、期待していた。まだ別れて3ヶ月だし、男が運転してたわけじゃない。もしかしたら・・。
「あっ、ごめんなさい!お待たせしました!」
後ろから声がした。
振り向くと、たくましいロードサービスのお兄さんだった。
「ムキムキの・・お兄さん」
タカシがつぶやき、
「世の中甘くないな」
ヤスが半笑いで僕を見つめた。
「うるせぇよ」
僕は憮然と答えた。
まったく色気もなにもない1日だったが、なぜかあれから、
集まるたびにその時の話になる。
今は3人とも、子持ちの40過ぎたオヤジだが、意外とあのときは楽しかったと、今は思うのだ。
また君に会える/ケツメイシ
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