天使のお仕事~合コン編⑨
「私があなたを救うわ。必ず」
根拠なんてない。やれるかやれないかじゃない。どうせ私は異動願いを出すのだから、力を使い果たしたってかまわない。
「君が、僕を救うのか?」
ルシファーが笑う。
「見損なってくれては困るな。僕は闇落ちしたとはいえ、大天使ルシフェルだった男だぞ、やめておいたほうがいい。君は中級だろう。君の力を僕は吸い付くしてしまうよ」
「わかってるわ」
話ながら意識を集中させ、彼の傷口を透視する。その深さ、むごさに目をそむけそうになる。
「私はもう、現場を退くつもりでいます。力を使い果たしても困らないわ。却って諦めがついてありがたいくらいよ」
私の指先から彼の傷口へと光を送る。かなり集中しているつもりだが、何千年もの間、重なりあった傷はまったくふさがらない。
光がどんどん跳ね返され、空しく空に散る。
「やめなさいアイリス。無駄だよ。なんで君が現場を退く必要がある?君の力は人の子に使うものだ。僕はもういいんだ」
ルシファーの傷口はまったく変わらない。
息がしづらい。
力がどんどん薄くなるのを感じる。
吸われていく、とはなるほど、こういう感覚か。
闇と光は、どうしても交わらないのだろう。
肩で息をしながら、私は光を送り続ける。やれるかどうかなんてわからない。でも、倒れたってかまわない。
やるんだ。ギリギリまで。
「私、人の子を愛してしまいました」
ルシファーが息を呑む。
「アイリス・・・」
「堕天せずに済んだのは、ボスや仲間の協力があったからなんです。・・・私はもう、無垢な天使ではなくなった。一度でも公私混同した私が、これ以上下界に降臨することはできません。だから、辞めるの。残りの力はあなたに使い尽くします」
指先の光が頼りなくなる。途切れて、かすれた光は、すぐに折れてしまう。もうすでにルシファーの傷口にも届かない。
「もういい、やめてくれアイリス!」
ルシファーが、さらに力を込めようとする私を抱き締めた。
「君を・・・失いたくない!」
ルシファーの表情が苦しそうに歪む。
ふわり。
今まで感じたことのない温かさが伝わる。私も全身でルシファーの身体を受け止める。二人の体温が、混じりあう。
ああ、そうか。
人の子がよくこうやっていたのは、想いを温もりで伝えるためか。
私は、願いが成就した喜びでそうしているのかと思っていた。ぜんぜんわかってなかった。
ふと周りを見渡すと、キョウスケとカオリ、マツヤマサトシとミホ、他にもたくさんの波動を感じる。
縁結びをした人の子たちの面影と温もりが、私の指先にかさなっていく。
「みんな・・・」
人の子たちよ。
筋違いなお願いだとはわかってる。
この傷ついた、優しい悪魔を癒してあげたいの。
あなたたちにとっては、忌むべきものかもしれない。払わねばならないものかもしれないけど。
お願い。
あなたたちの力を貸して。
目を閉じて、意識を集中する。
深い、海の色のような火の玉があがってきた。
この色。
キョウスケとカオリの、深い慈悲の色。
「・・・キョウスケさん!カオリさん!」
私は思い切り叫ぶ。ふたりの魂が、私の声に答えるようにルシファーの身体へと吸い込まれていく。
水色の火の玉も様子をうかがいながら、おずおずと後に続く。
「ありがとう。サトシさん、ミホさん」
他にも、赤、黄色、緑。いろんな光の魂が呼応しルシファーへと向かう。
「これは・・・人の子たちの・・・魂か?」
ルシファーが驚きの声を上げた。
あたたかなオレンジの魂はあなたね?ナカタマヤさん。
そして。
格別に大きい、きれいな紫色の火の玉。
・・・ああ。来てくれた。
下界で私たちを温かく迎えてくれた、しの女将とゆうさんの魂。
一寸の迷いもなく、ルシファーのいちばん深い傷口に入っていく。
ありがとう。みんな。
驚き離れようとするルシファーの身体を、私は渾身の力で抱き締める。
「君は・・・こんなことができるのか」
ルシファーのからだから、どんどん鎧がはずれていく。ほんとの彼は大天使ルシフェル。
「私じゃないわ。人の子たちの力よ。・・・もう少しだから、目を閉じて」
ルシファーが素直に目を閉じる。いつの間にか、こめかみの傷が見えなくなっていた。
いろんな色の魂は、ルシファーの身体のなかに吸収されていき、やがてふっ、と消えた。
「うわあっ!」
反動でルシファーがひっくり返る。
「ルシファー!」
あわてて駆け寄るが、私は彼の表情の変化に気づき、足を止める。
「痛みが・・・消えてる?」
ルシファーがシャツのボタンを開き、屈強な胸元がのぞく。その胸元は傷ひとつなく美しかった。
見てはいけないと思いながらガン見してしまう私。
だめだめ。ドキドキしちゃうから。
「なんてことだ・・・」
「悪魔ルシファー、そして、大天使ルシフェルさま」
私は彼の髪の毛を直してやりながら囁く。
「あなたは大天使の名を失なったわけじゃない。違う部署に行き、別の名前を手にいれただけです。・・・白も黒も、あなたの色です。これからも、誇りを持って仕事してください」
カニちゃん、ありがとう。
あなたの言葉は、悪魔部長ルシファーをも救ったわ。
「さあ!ではマッチングパーティーの最後ですよ!今日結ばれた幸運なカップルたち、どれくらいいるかなーっ?手を上げてしらせてくださいね!」
場内では、司会のアナウンスが響いた。
ハイ、ハイ、とあちこちから手があがり、拍手が響いた。なごやかな空気が流れている。テラス席での騒動なんて、誰も気づいていないらしい。
どやどやと、カップルたちが壇上にあがっていく。巨人と小人のカップル、小鬼と式神、いろんな組み合わせがいて、見てるほうも楽しくなる。
みんな楽しそうな顔で笑っていた。
いいパーティーだ。
「はーい、これだけかな?隠れている恥ずかしがりやのカップルはいませんかー?」
煽るような司会のアナウンスに、ルシファーが大声で叫び返した。
やんちゃな目がきらきらと輝いている。
「まだここにいるぞ!」
悪魔部長の突然の発言に、皆がどやどやと騒ぎ出す。女性たちの小さい悲鳴まで聞こえた。
「アイリス、僕と一緒に行ってくれる?」
ルシファーが不安そうに私に尋ねる。不安だったら、手を上げる前に聞きなさいよ。
しかたないわね。
「はい。喜んで」
私は頷く。
ルシファーが笑う。
手をつなぎ、私たちは拍手の中、笑顔で壇上へと進んだ。
最終回はこちら↓
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