赤い勲章19個に学ぶマインドフルネス
10ヶ月の子どもが、蚊に1日で19箇所刺された。普段は気をつけて、出かける時は虫除けスプレーなどをつけるが、今日は他の準備物に気を取られすっかり忘れていた。大人の虫除けは友人が持っていたので借りたが、子ども用はなかったので、そのままで過ごした。空き家の掃除というなかなかハードな作業だったので、作業に夢中になって蚊のことなど途中で意識から消え失せた。
昼ごはんを食べに出かけ、帰ってきたら車の揺れが心地良かったのか子どもはチャイルドシートで寝入っている。きれいな現場でもないし子どもを寝かす布団もない。せっかく寝ているからと車のドアを開け放ち、外の空気を入れながらそのまま車で寝かせていた。
その結果の、19箇所の蚊に刺されである。両頬の同じ高さに1つずつ。右側の目の下の際に1つ。眉毛の中に1つ。左側のこめかみに台形の腫れが1つ。顔だけですでに5つだ。腕には斑点のように右に2箇所と左に2箇所、不規則に。うなじのあたりに2つ。そして足の甲に1箇所とかかとには4箇所集中的にやられていて、逆の足もかかとに2箇所とくるぶしに1つ。目に見えるだけで、それだけ赤い丘疹が見えた。なんということだ……。10ヶ月の子どもは、大人と違い蚊が寄ってきても叩くことができない。せめて蚊遣りを焚くとか虫除けのための環境を整えてあげるべきだった。
なんとも痛ましい見た目だが、子どもはというと、いたってご機嫌だ。目覚めてスッキリしたのか、ニコニコしながらあまりきれいでない茣蓙の上を果敢にハイハイして動き回っている。掻き毟る姿も見られない。卵を食べて首が赤くなった時は、寝ている時でさえ爪を立ててガシガシと掻き毟っていたのに、この度は掻く様子が全くない。痒くないのだろうか。
子どものむっちりしたすべすべの足を、両手の親指と中指で掴んで滑らせるのが大好きだ。下から上へ、上から下へ。何も妨げるものがなくするりと滑るその感触は、赤ちゃんのためのベビーマッサージなどという名目がどこかへ飛んでいくぐらい、私の癒しになっていた。ひやりとした肌。肌理が細かくストッキングのようになめらかさは、むしろ自分の手のごわごわさを際立たせる。小さなささくれで傷をつけてしまわないように気をつけていた。そんなにも繊細な肌に、19個もの赤い丘疹が痒がゆしい。失われたものの大きさを想う。
蚊の針が、彼女の皮膚に刺さった場面を想像する。何も感じず、置物のように餌食となったのか。自分の皮膚に乗った小さい黒い刺客と、じーっと見つめあったのか。そんなことを考えているうちに、「蚊は憎いもの、腕にとまっていたらただちに手で叩き潰すべし」という思い込みが揺らいできた。大人の常識をしらない我が子は、蚊に全身の皮膚を差し出し、19箇所も刺されても笑顔で赦している。マインドフルネスの権化だ。可哀想と思うことさえ、もしかしたら大人の決めつけなのかもしれない。
赤い勲章をいろんなところにひっつけて、服の膝小僧のあたりを薄黒く汚しながら、前のめりに動き回る我が子に、「ハハア」と小さく敬礼した。