ニンジャスレイヤー二次創作SS「バック・マイ・フィーリング」
【これは何?】
これはニンジャスレイヤーの二次創作小説です。
時系列はAoMのだいたいシーズン3終了後からシーズン4開始前、つまりシーズン4のプレシーズンあたりです。
1
「アイエエエエ!」
事務所の広間に悲鳴が響き渡り、イチコは体を震わせた。椅子に手足を縛り付けられ、目隠しをさせられていた彼女に出来たことは、打撃音や激突音に耳を傾けることだけだった。
どうしてこんなことに。イチコはこれまでのことを思い返した。ネオサイタマのオイランバー「キレイ・オイシイ」のオイランである彼女は、出張オイランの仕事が入り、郊外にあるモノホシ社にやって来た。しかし、このカイシャはその実、悪評高いヤクザクランの隠れ蓑だったのだ!
モノホシ社は表向きでは特徴のない弱小企業であったが、その裏ではパンクスや浮浪者、オイランなどを集めて意味のない暴力を振るうことを習慣的に行っていた。そしてイチコはその毒牙にかかってしまったのだ。ナムアミダブツ!
彼女のすぐ隣にいたパンクスが殴られ、その場に倒れる音を聞いた。殴った相手は歩き、その足音はイチコの前で止まった。ああ、次は私の番だ。イチコは目隠しされたままの目をつぶった。
その時、イチコは鉄扉が壊れる音を、そして、真正面での「アバーッ!?」という叫び声を聞いた。そして、遠くから近づく足音を聞いた。
「ドーモ。ノーフィールです。このカイシャを潰しに来ました。」
若い女の声であった。
「ザッケンナコラー!」「ドコノモンオラー!?」「ナマッコラー!」
部屋中に響き渡るヤクザスラング!しかし、その後イチコが聞いたのはシャウトと断末魔と繰り返される斬撃音だけであった。
一瞬にして部屋は静寂に包まれた。そして、イチコのすぐ近くでヒュン、という風切り音が鳴ると、彼女の手足につけられていた拘束具が破壊された。イチコは目隠しをとり、目の前の人物を見た。背が高く、髪の長い女であった。
「あなたは?」
「さっさと帰りな」
そう言うと、女はすぐにこの場を去った。
◆◆◆
ブラックブラッド・ヤクザクラン。それがノーフィールの所属する組織だ。オヤブンのコモノが月破砕の数ヶ月後に興したヤクザクランは、約10年経過した今では中堅に手が届くほどの規模となった。依頼を受けたカイシャや繋がりのあるクランにアサシンを派遣して、敵対企業を潰すことを主なビジネスとしている。
コモノは若い浮浪者や身寄りのない子供を拾っては、アサシンとして鍛え上げることを己の趣味としていた。ただし、そこに同情や愛情は無く、ただ使える道具として扱う。ノーフィールもそのように拾われた1人だ。彼女は15歳の頃にヤクザ同士の抗争に巻き込まれ、天涯孤独の身となった。その後の彼女に待っていたものは生きるか死ぬかの過酷なトレーニングだった。
コモノのトレーニングは熾烈を極め、集められた若者たちは数ヶ月を待たずして死ぬことも多い。コモノにとってはそれでも良かった。趣味だったからだ。だが数十人に一人、実力もしくは運により生き延びる者もいた。当時は別の名前であったノーフィールも生き延びた。ニンジャになったからだ。
トレーニングの最中、致命傷を負い死の淵を彷徨っていた彼女を救ったものは、名もなきニンジャソウルであった。ニンジャとなって蘇った彼女はあっという間にトレーニングを全て完了させた。そして「お礼」をするために憎悪を抱いてコモノへと迫った。だが返り討ちにあった。ニンジャが守っていたからだ。
完膚なきまでに倒された彼女は抗うことを諦めた。トレーニングによって喜びや楽しみという感情が失われた彼女から憎悪も怒りも無くなり、サツバツとした任務をこなしているうちに憐れみなどの感情も消え去った。数年後には彼女の感情は全て消え去り、淡々と任務をこなすマシーンへと生まれ変わった。その変貌を気に入ったコモノは、彼女を「ノーフィール」と名付けた。
ノーフィールにとって、ブラックブラッド・ヤクザクランもコモノも最早どうでもよかった。目的もなく任務をこなし、目的もなく生きる。彼女にとって、それ以上のものもそれ以下のものも存在していなかった。
◆◆◆
ネオン看板と重酸性雨に包まれたネオサイタマでは、暗黒メガコーポ群どうしの争いが絶えず繰り広げられている。経済が目まぐるしく変化していく中で、弱小カンパニーが1社倒産したところで経済に何も影響はない。ネオサイタマではチャメシ・インシデントな光景である。
「ウチで買い物するとポイントが倍増するよ!」「いい子いっぱいいるよ!」「お姉さん、ちょっと遊ばない?」「マッポーカリプス近し!」「サイバネ移植が安価で出来るよ!」
客引きやナンパを避けながら、ノーフィールはネオサイタマの繁華街を歩く。周囲に対して煩わしさは対して感じない。いつから感じなくなったのかは分からない。
「ぼちぼち帰るか」
彼女は呟き、自分のアパートに向けて歩き直した。数分後、自分をつけている何者かの気配を感じた。ニンジャではない。殺気や敵意もなく、むしろ追跡としては素人のそれだった。しばらく後をつけさせることにした。人気のない路地裏へと入り込み、追跡者もそれに続いた。
「ヒヒ・・・ヒヒヒヒ・・・」
ノーフィールの前から笑い声。彼女は当然その気配に気がついていた。
「お姉さん・・・こんなところに何の用かな・・・」
影から現れたのは繁華街にあるネオン看板並みの大きさの円柱棒・・・否、右腕を巨大円柱状サイバネに置換した異常殺人鬼!彼の横の壁には血の染みが広がっている!
「ヒャッハー!」
円柱サイバネ男が右腕を引きずりながら飛びかかる!「イヤーッ!」ノーフィールは腰に吊り下げたカタナを抜刀!一瞬で円柱サイバネ男の体から右腕が離れた!
「エ?」
ZBRの副作用で痛みを感じていない男は、突然の出来事に戸惑う。「イヤーッ!」ノーフィールは回し蹴りを男の腹に喰らわせた。「アバーッ!?」男はそのまま真っ直ぐに吹き飛び、路地の闇に消えた。
「さて」
ノーフィールはカタナを鞘に戻した。
「それで、何のよう?」
後ろを振り向き、追跡者に声をかた。
「あん?」
ノーフィールは訝しんだ。見覚えのない女だった。ネオサイタマ特有の派手さはないが、短い黒髪の似合う整った顔をしていた。
「アンタ誰?」
ノーフィールが尋ねた。
「あ、あの。私、イチコって言います。1週間前に助けてもらった...」
「1週間前?」
ノーフィールはイチコと名乗った女を見て、1週間前の出来事を思い出す。確かモノホシ社を潰した日だ。その時に気まぐれに縛られていたモータルを助けていた。
「ああ、あの時の」
ノーフィールは抑揚のない声で呟いた。
「あの時は助けてくれて、ありがとうございました!」
イチコは頭を下げた。
「いいよ。仕事のおまけだったし」
ノーフィールは素気なく返した。
「それを言うためにわざわざつけてきたの?」
「ハイ。命の恩人ですし」
「ネオサイタマの人間なのに珍しいねえ」
「よく言われます」
彼女は微笑んだ。
「礼は受け取ったよ。それじゃあね」
ノーフィールはそれだけを言うと、イチコの横を通り過ぎて雑踏に紛れ込もうとした。しかし、イチコは慌てて彼女の歩みを妨げだ。
「ま、待ってください!何かお礼をさせてください!」
「礼はさっきので十分だって」
「いえ、何かやらないと納得できません!」
「いや、アタシは納得してるンだけど」
「でも!」
イチコは真っ直ぐにノーフィールを見つめた。ノーフィールはイチコに対して苛立ちも困惑も感じてはいなかったが、この数年で出会った人種を前に、大きくため息をした。
2
「ハイ、ドーゾ」「ドーモ」
イチコは鍋で煮込んだ具材を取り皿に入れ、ノーフィールに手渡した。
「「イタダキマス」」
2人は食事を始めた。
「・・・美味い」
ノーフィールが小声で呟くと、イチコはほっと胸を撫で下ろした。
どうしてこんなことに。イチコを観察しながらノーフィールは考える。今いる場所はノーフィールが借りているアパートの一室だ。目の前の女と出会った後、言っても聞かない彼女を納得させるために、ジュースでもいいから何か奢ってくれと言った。その結果、イチコが食事を振る舞うことになった。妙に懐かれ、いつの間にかタメ口になっていた。
(変な女)
ノーフィールは心の中で呟いた。
「ねえ、アンタ怖くないの?」
ノーフィールは尋ねた。イチコは首を傾げた。
「さっきも言ったけど、アタシはニンジャで、しかもヤクザだよ。殺されるとか思わないわけ?」
「ウーン」
イチコは腕を組み思案する。
「ノーフィール=サンは私を殺したいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「だったら別に怖くないよ」
イチコは頷く。
「私は仕事柄、お客さんを見る目には自信あるんだ。あなたはそんなことしないって思ったよ」
「へえ・・・」
ノーフィールは少しだけ感心した。彼女の仕事のことは先ほど聞いた。確かに、ネオサイタマの繁華街で飲み食いしている有象無象の連中を相手にしているなら、観察眼は鍛えられるのだろう。
「でも、もう関わらない方がいいよ、アンタ。アタシなんかに関わってたらロクなことにならない」
ノーフィールは淡々と言い放つ。
「ロクなことになる直前に逃げるようにするよ」
イチコは笑いながら言い返す。
「・・・やっぱり変な女だよ、アンタは」
ノーフィールは今日何度目かのため息をついた。
◆◆◆
「ドーモ、ノーフィールです」「ドーモ、ノーフィール=サン。レッドアントです。貴様、ここを何処だと思っている!」「キラーアイ・ヤクザクランだろ?潰させてもらうよ」「笑止!イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「ア、アバーッ!サヨナラ!」
・・・・・・CABOOOOOM!
◆◆◆
「そういえば、ノーフィール=サンって趣味とかないの?」
仕事帰りにノーフィールのアパートに立ち寄ったイチコが尋ねた。あの日以来、イチコはノーフィールのアパートに度々来るようになった。
「趣味?ないね」
胡座をかきながらノーフィールは素気なく返した。
「そうなの?」
「ニンジャになってから、楽しいって思ったことなんて何もないし」
「ふーん。じゃあ、今の仕事も楽しくないの?」
「別に楽しくはないよ。それしか生き方を知らないし」
「なら、今の仕事は嫌?」
「嫌ってこともないね。というか、そんな感情は忘れてしまったよ」
ノーフィールは立ち上がり、背伸びをした。
「楽しいとか辛いとか、そんなことを感じなくなってしまってるんだよ、アタシは...っと、何でこんなことアンタに言ってるんだろうね」
ノーフィールは話を止めた。どうもコイツには余計なことまで口走ってしまう。
「なら私とこうして話してる時も、何も感じてないの?」
イチコが尋ねた。当然か。
「ああ、何も感じちゃいないよ。幻滅した?」
イチコは首を横に振った。
「ううん。ただ、そういう人なんだなって」
「へえ、普通だったら嫌な気持ちになったりするんじゃないの?」
「私って変な女なんでしょ?」
「・・・そうだったね」
笑いながら答えるイチコに、ノーフィールは肯定するしかできなかった。
「ウーン、でも、仕事柄喜ばせられないっていうのも悔しいなあ」
イチコはしばらく考え事をした。
「じゃあさ、私を抱いてみる?」
「はあ?」
突然の申し出だった。イチコはノーフィールの横まで歩き、彼女の腕に抱きつく。
「私、オイランだから、あなたを楽しませることができると思うよ?」
イチコは甘い声で小さく囁いた。
「バカ」
ノーフィールは抱かれていない方の手でイチコの頭を軽く叩く。
「冗談だって」
イチコは体を離して、舌を出しながら笑った。
「でも、いつかあなたの感情を動かしてみたいな」
「できっこないよ」
「ううん、意地でもやってみせるよ!うん、決めた!」
イチコは決心したように手を強く握った。
「ハイハイ。できるものならやってみな」
「言われなくても!」
「全く・・・」
ノーフィールは呆れながらため息をついた。
◆◆◆
「ドーモ、ノーフィールです」「ドーモ、ノーフィール=サン。ブルービーです。貴様、ここを何処だと思っている!」「デスヘッド・ヤクザクランだろ?潰させてもらうよ」「笑止!イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「ア、アバーッ!サヨナラ!」
・・・・・・CABOOOOOM!
◆◆◆
「アンタ、アタシといて楽しいの?」
ノーフィールがイチコに聞いた。これで何度目かの一緒の食事。イチコは当たり前のように首を縦に振る。
「うん、楽しいよ」
「アタシみたいなクズより、もっとマシな友達とかいるんじゃないの?」
「昔は仲のいい友達がいたよ。けど、みんな仕事が忙しくなって、最近では疎遠になっちゃった」
「そっか。悪かったね」
「ううん。気にしてないよ」
イチコは鍋から野菜を皿に取る。
「だから、あなたと気軽にこうやって話せるのが嬉しいんだ」
「相手は何も感じてないのに?」
「うん、話し相手がいるだけでもいいんだよ。それに、ノーフィール=サンには何でも話したくなるし」
「ナンデ?」
「分からないけどそうなんだよ」
「フーン。ま、アンタがいいなら別に構わないけど」
ノーフィールは鍋から肉を皿に取る。2人はしばらく食事に専念し、落ち着いたところでイチコが口を開く
「私ね、そろそろ今の職場を辞めようかなって思ってるの」
「へえ。急にどうしたんだい?」
「前々から独立して自分で店を持ちたいと思ってたんだ」
「いいじゃないか。アンタ、人気オイランなんだろ?」
褒められたイチコは最初は驚いたが、照れ笑いをした。
「えへへ。そうでもないんだけどね」
「でもネオサイタマで自分の店を持つのは大変なんじゃないの?カネもそうだし治安悪いし」
「うん、お金の方は稼ぎで何とかなるんだけど、治安は不安なんだよね・・・そうだ!ノーフィール=サンがウチのヨージンボになってよ!」
「は?」
「だって、ノーフィール=サンって強いんでしょ?そんな人が守ってくれたら助かるんだけどなあ」
ノーフィールはイチコを見る。どうやら本気でそう思っているらしい。
「ダメかな?」
ノーフィールは思案する。所属しているヤクザクランに愛着など無いが、一度反逆に失敗しており抜けられると思えない。仮に逃亡が成功したとしても命を狙われるのは明白だ。自分も。それにイチコも。だから、彼女の提案をすぐに却下することも出来た。だが、ノーフィールには何故か出来なかった。
「・・・ま、考えとくよ」
「ホント!?」
イチコは明るい声を出しながらノーフィールの手を握った。
「考えとくだけだよ。期待はしないでくれよ」
「うん!」
ああ、これは期待しているなと、ノーフィールは察した。
◆◆◆
「ドーモ、ノーフィールです」「ドーモ、ノーフィール=サン。イエローモスです。貴様、ここを何処だと思っている!」「名前すらない新興ヤクザクランだろ?潰させてもらうよ」「笑止!イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」「・・・?」「スキあり!イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ」「イヤーッ!イヤーッ!」「ア、アバーッ!サヨナラ!」
・・・・・・CABOOOOOM!
◆◆◆
帰り道。分厚い雲の下のマグロツェッペリンによるサーチライトや、ネオン看板の光を背に受けながら、ノーフィールは考え事をしていた。いつも通り、依頼に従ってヤクザクランを潰した。それは問題なく終わった。だが、サンシタのニンジャとのイクサの最中、彼女は妙な感触を味わった。それはイクサが原因ではなく、彼女の心の中にあった。
ノーフィールはイエローモスとのイクサ中、イチコのことを考えていた。最近、彼女のことをよく思うようになった。そして、彼女のことを思うと自分の中の何かが膨れていた。昔に失われた感情だろうか。それは分からない。感情が何なのかを忘れたからだ。ノーフィールという名前を与えられてから、いや、その前から本当の名前と共に自分の奥底に封じ込められた感情。
(ノーフィール=サンの本当の名前って何なの?ニンジャって本当の名前があるってIRCのどこかで見たよ)
(よく知ってるね。・・・忘れたよ。感情と一緒にね)
かつてイチコと交わしたやりとりを思い出した。自分の感情と名前。もしどちらか一方を思い出せば、もう一方も思い出せるのだろうか。
「何をバカなことを」
ノーフィールは首を横に振る。今までは気にもしなかったことを考えてしまう。イチコの影響だろうか。なら、アタシは忘れてしまったものを思い出したいのだろうか。思い出したいから、イチコからの誘いを断ることが出来なかったのだろうか。
「・・・アイツを抱いたら何か分かるのかね」
ノーフィールは自嘲気味な笑みを浮かべ、しかし笑みとは気がつかないまま独り言を呟いた。
◆◆◆
「敵を倒します」「残虐」「怖いものはない」威圧的なショドーが壁に貼られた一室に、2人の男がいた。1人は小太りの男で、高級感あふれるヤクザスーツを着こなし、豪勢な椅子に座り葉巻を吸っていた。この男こそがブラックブラッド・ヤクザクランのオヤブンのコモノである。
「で、話は何だ」
コモノは目の前の男に言葉を投げかける。灰色のヤクザスーツを着た男は答える。
「ノーフィールのことです」
「あの小娘がどうした。ポルターガイスト=サン」
ポルターガイストと呼ばれた男は話を続ける。
「最近、彼女の様子が変わりました」
「変わっただと?」
ポルターガイストは肯定する。
「これまで常に機械的な振る舞いをしていましたが、時々違和感を感じると。私の部下から報告がありました。恐らく、彼女が失くした感情が戻りつつあるものかと」
「気に入らん。せっかくワシ好みに作ったというのに」
コモノは葉巻を机の灰皿に置いた。
「いかがいたしましょう」
「無論、元に戻せ。やり方は任せる」
ポルターガイストは頭を下げた。
「分かりました」
「お前のことだ。すでに調べはついているのだろう?」
「ええ。原因は調査済みです。すぐに行動に移ります」
頭を下げながら、ポルターガイストはメンポで隠された口元に凶悪な笑みを浮かばせていた。
◆◆◆
3日後、仕事を終えたイチコは軽い足取りでノーフィールのアパートに向かっていた。ノーフィールと話をすることは、最近の彼女の楽しみとなっていた。イチコは平凡なオイランであった。彼女の柔らかいアトモスフィアと聞き上手であり話し上手である性格から、勤めているバーでは一定数の人気を持っていた。
だが、オイランとしてネオサイタマで生きるには、彼女は優しく精神的に弱かった。ハイスクールで仲の良い友人たちとは疎遠になった。職場では仕事仲間とも良い関係であるが、客からの人気争いもあり、一定の距離を置かなければならなかった。
イチコの仕事は人に囲まれるものであるが、心の中では孤独を感じていた。いつか押し潰されるのかもしれない。そう感じ始めていた時に、イチコはノーフィールと出会った。救われた後、偶然にも彼女の背中を見つけたイチコは、思わず後をついていった。それから、彼女の素っ気ないが拒絶もしない性格にイチコは安心感を覚え、孤独感が徐々に薄れていくのを感じていた。だからイチコにとって、ノーフィールは安心感のある居場所を与えてくれた恩人であった。
アパートに近づき、イチコは次に話す話題を考えていた。ちょうどその時、後ろから声をかけられた。
「イチコ=サンですね?」
「え?」
彼女は振り返る。
その直後、彼女の意識は途絶えた。
3
ノーフィールはブラックブラッド・ヤクザクランの事務所の廊下を歩いていた。
「急に呼び出しって、アタシが何かしたのかね」
彼女は呟く。ブラックブラッド・ヤクザクランの事務所は事務所という名前には相応しくないほどの要塞だ。侵入者発見用の監視カメラや侵入者撃退用のバルカンなどが至る所に設置されている。そして、旧ヨロシサン関連企業の跡地から採掘したロック式の扉を複数に配置していた。パスワードは変更されていないが、判明したパスワードは重役にしか伝わっておらず、ノーフィールには伝えられていないものであった。
「・・・」
ノーフィールは歩きながら思案する。呼ばれた理由ではなく、イチコのことであった。予定通りなら、彼女は今日もノーフィールのアパートに来るはずであった。しかし、いつもの時間に彼女は現れなかった。そしてこの不自然な呼び出し。嫌な予感がした。そして、その予感は不運にも的中してしまった。
指定された広間にたどり着いた。長方形状に広がり、扉はノーフィールが通ったものと反対方向にの2箇所のみ。部屋のライトが付いた。ノーフィールの周りには10人のクローンヤクザ、目の前には1人のヤクザスーツの男、そしてその男の足元には縛り付けられた短い黒髪の女が横たわっていた。
「イチコ」
ノーフィールは彼女の名前を呟く。イチコは顔を動かし虚ろな目でノーフィールを見る。生きている。ノーフィールは目の前の男を睨みつけた。
「ドーモ。ノーフィール=サン。ポルターガイストです」
「ドーモ。ポルターガイスト=サン。ノーフィールです。これは一体どういうことだい?」
「なに、君が最近変だということを聞いてね。ちょっと調整をするのだよ」
「調整だと?アタシは何も変わってないよ」
「いや、君は変わったよ。この非ニンジャのクズのせいで」
ポルターガイストは足元のイチコを侮蔑的に見ながら答える。
「そいつは関係ない」
「関係あるさ。この娘と会った後から君が変わったという報告を受けていた。そして、それは実際正しかった。今の君を見れば分かる」
ノーフィールは舌打ちした。予感はしていたが、まさかこうも早く訪れるとは。
「・・・で、アタシに何をしろと。今まで以上に任務に従事しろッてんならやってやるよ」
ポルターガイストは首を横に振る。
「いや、君に今からやってもらうことはもっと簡単だ」
彼は右手をイチコに向ける。
「イヤーッ!」
ポルターガイストがシャウトを発すると、イチコの体は宙に浮かんだ。ナムサン。彼はキネシス・ジツを扱うニンジャだったのだ。
「アイエエエ!」
イチコが叫ぶ。ノーフィールは駆け出そうとした。だが、彼女を囲んだクローンヤクザが一斉にチャカ・ガンを取り出した。
「そいつを人質にしてアタシに仕事させるのか?」
「フフフ・・・違うよ。君にやってもらう仕事は1つ。この娘を殺せ」
「何だと?」
ノーフィールは抜刀体勢のままポルターガイストを睨みつける。
「今の君に変えたのはこいつだ。なら、君が自分自身で始末することは当たり前だろう?」
「貴様」
「賢い君のことだ。敵わない相手に逆らうようなことを二度としないだろう」
ポルターガイストはノーフィールを見下しながら言い放つ。ノーフィールは歯軋りする。かつて、彼女を負かしたニンジャは目の前の男だった。ノーフィールは無言のまま、ポルターガイストと宙に浮かぶイチコを見る。
「ノーフィール=サン・・・」
イチコは呟く。ノーフィールの心は決まった。ノーフィールは抜刀体勢を解き、イチコの眼前へと進む。カタナを抜き、突きの構えをとる。ポルターガイストはメンポの中の口元に笑みを浮かべる。
ノーフィールは体を捻り、弓から放たれる矢の如く突きを繰り出した!
「イヤーッ!」
ノーフィールの繰り出した突きはイチコの脇腹のすぐ横を通り、ポルターガイストの体へと向かった!
「イヤーッ!」
ニンジャ第六感により危険を察知したポルターガイストはカタナが体に触れる直前にブリッジ回避!しかしキネシス・ジツを維持できなくなりイチコは拘束から脱却!ノーフィールはすぐさま彼女を抱え、後ろに大きく飛んだ!「イヤーッ!」ノーフィールは体をひねり、扉の近くにいたクローンヤクザを一刀両断した!「グワーッ!」緑色の血飛沫が飛び散る!
ノーフィールはイチコを縛っていた縄をカタナで切断し、彼女を解放した。
「ノーフィール=サン」
イチコは震えながらノーフィールの名前を呼ぶ。
「待ってな。すぐに片付ける」
ノーフィールは抜刀体勢に入る。この事務所に敷き詰められた迎撃兵器の存在により、このままイチコと共に脱出するのは至難の業。従って彼女に残された道は一つ。このクランを潰すことだ!
「それが君の答えか」
ポルターガイストはノーフィールに対して言った。
「ちょうど、ここに飽きてしまってたところだったからね。良い機会だよ」
ノーフィールが返す。
「フフ・・・・アーハッハッハ!そうでなくては面白くない!」
ポルターガイストは邪悪に笑った。
「ならプランBだ!」
「プランB?」
「ああ、君は後悔するだろう。イヤーッ!」
ポルターガイストは両腕を大きく広げた。おお・・・ナムサン。周囲にいたクローンヤクザ9体が全員宙に浮いた。ポルターガイストは腕を上空に向けて伸ばし、それに合わせてクローンヤクザがさらに上昇した。
「・・・アンタ、とりあえずこの部屋から離れてて」
「う、うん」
イチコは扉を通って部屋を出て、そこから扉を開けたまま数歩離れたところでノーフィールの背中を見つめた。
「イヤーッ!」「グワーッ!」ポルターガイストは腕を小さく振り下ろした。その動作の直後、クローンヤクザの一体はそのままノーフィールに向かってミサイルめいて突撃する!
「イヤーッ!」ノーフィールはミサイルと化したクローンヤクザに向かってタイミングを合わせて抜刀した!ガキン!クローンヤクザミサイルAにノーフィールのカタナが刺さる!だが、抜刀の勢いが足りず、切断しきれなかった!「イヤーッ!」「グワーッ!」ノーフィールはさらに力を込めて、キアイでクローンヤクザミサイルAを切断した!
「フフフ・・・イヤーッ!」「グワーッ!」ポルターガイストは続けてクローンヤクザミサイルBを発射!ノーフィールは瞬時にカタナを鞘に戻し、抜刀体勢に戻る。「イヤーッ!」先ほどよりも力強くカタナを抜き、クローンヤクザミサイルBは一瞬にして2つに分かれた!
「イヤーッ!」「「グワーッ!」」ポルターガイストは続けてクローンヤクザミサイルC、Dを発射!ノーフィールは瞬時にカタナを鞘に戻し、抜刀体勢に戻る。「イヤーッ!」先ほどよりも鋭くカタナを抜く!その抜刀によりクローンヤクザミサイルCは一刀両断され、抜刀により放たれた衝撃波が刃となり、その刃がクローンヤクザミサイルDを斬った!
ノーフィールはカタナを鞘に戻し、抜刀体勢に戻りした。その時、ニューロンに1つの疑問がよぎった。何故、ポルターガイストは全てのクローンヤクザを一度に射出させず、少しずつ放つのだろうか。ただの観察か、少しずついたぶるためなのか・・・それとも、別の狙いがあるのだろうか。だが、深く考える間も無く、クローンヤクザミサイルEが目の前に迫る!
・・・そして、ノーフィールが抱いた疑問は、後方で眺めていたイチコも同様に抱いた。最初はニンジャ同士のイクサに軽いニンジャ・リアリティ・ショック(NRS)を発症したが、ノーフィールの背中に安心感を持ち、彼女のNRSはすぐに消え去った。イチコはこっそりと扉から顔を出し、周囲を見回した。
すると、ノーフィールの斜め後ろ、ちょうど彼女の死角となっている位置に、一本のカタナが宙に漂っていた。
「!」
イチコはノーフィールの前方にいるポルターガイストを見た。ポルターガイストは彼女の視線に気がついたのか、目を邪悪に細めた。そして、片手を動かし、カタナの切っ先をノーフィールに向けた。
イチコは大声でノーフィールを呼ぼうとした。だが、彼女はミサイルへの対処を強いられている。それに、声を出した瞬間にポルターガイストはカタナを放つだろう。ニンジャであっても同時に前後の攻撃は防ぎきれない。カタナはそのままノーフィールの・・・!
「っ!」
イチコは駆け出した!それを認めたポルターガイストはメンポでは隠しきれないほど凶悪に口を開き、左手を一気に振り下ろした!
「イヤーッ!」
残りのクローンヤクザミサイルをノーフィールは迎撃!だが1秒後、ニンジャ第六感が自分の背中に迫る危機を知らせた。
「シマッタ!」
ノーフィールが後ろを振り向く。そこには、空中から自分めがけて飛んでくるカタナと、必死の表情で駆け出してくるイチコがいた。ノーフィールが驚愕で目を見開く。カタナよりも先に、イチコがノーフィールのもとにたどり着く方が早かった。そしてイチコはその勢いでノーフィールを突き飛ばした。非力な彼女ではあるが、さまざまな要因が重なり、ノーフィールはその場からわずかに後ろへと押された。イチコはホッとしたような表情を作った。
カタナがイチコの体を貫いた。
カタナはノーフィールのすぐ横の地面に突き刺さり、そのままカラン、と音を立てて落ちた。しばしの静寂。イチコはそのまま地面に倒れた。ノーフィールはその時自分の胸に違和感を覚えたが、すぐにイチコのもとに駆け寄り、彼女を抱え起こした。イチコは震えながら口を開く。
「ノーフィール=サン・・・無事で、よかった」
「なんで、アタシを庇ったの」
「分からない・・・体が・・・動いて・・・」
ノーフィールは彼女の貫かれた傷跡を見る。致命傷だった。もう助からない。
「バカだよ、アンタは。大バカだ」
ノーフィールは震えながら言った。イチコは少しだけ微笑んだ。
「やった。私の勝ちだ」
「え?」
「あなたの感情を、動かしたいって、アレのこと・・・今、悲しんでくれて、いるでしょう?」
ノーフィールはイチコの言葉を聞いて、自分の中に現れた違和感の正体に気がついた。そうだ。これが悲しみだった。そしてそれにより、彼女のニューロンでは、サツバツとした環境の結果に封じられた・・・否、彼女自身が封じていた過去をフィードバックさせた。かつてヤクザ同士の抗争に巻き込まれ、彼女を庇い名前を呼びながら死んでいった両親のことを。
「本当は、あなたを、喜ばせたかったんだけど、な・・・」
イチコは最期の力を振り絞り、血に濡れた手でノーフィールの頬にある水滴に触れた。ノーフィールはその手を握る。
「・・・なあ、1つ思い出したよ」
「え?」
「アタシの本当の名前。それは」
ノーフィールは顔をイチコの耳元まで近づけ、彼女以外に聞こえないように囁いた。それは、無言で眺めていたポルターガイストにもニンジャ聴力をもってしても聞こえないものであった。伝え終わった後、イチコの顔をもう一度見つめる。イチコは笑った。
「素敵な名前だね」
小さい声で伝えた。
イチコは目を閉じ、そのまま動かなくなった。
ノーフィールは目を閉じ、彼女を優しく寝かせ、手を体の上に置いた。数秒後、彼女は立ち上がり、ポルターガイストの方へと振り返る。ポルターガイストはノーフィールを観察する。ノーフィールは無言。だが、圧倒的な殺意を剥き出しにしてポルターガイストを睨みつけていた。ポルターガイストは大きく笑った。
「ハハハ!その目だ!懐かしいな、あの時と同じだ!」
ポルターガイストは愉快に手を叩いた。
「わざわざ計算してその女をヤッた甲斐があったってワケだ!」
先ほどまでの紳士然とした真逆の態度であったが、この残虐さこそがポルターガイストの本性であった。
「テメエをここで殺す予定はないんだよ。何があってもその女をテメエの目の前で始末するつもりだったのさ!その後に怒り狂ったテメエを俺様が徹底的に痛めつける・・・これがプランBだ!ヒャーハッハッハー!」
ポルターガイストは喋り続けた。
「もういいかい?」
ノーフィールは言った。
「アンタはここで殺す。コモノの奴も殺す。ブラックブラッド・ヤクザクランも潰す。それで終わりだ」
ノーフィールはカタナに手をやり、構えをとる。ポルターガイストは笑いながら手で挑発する。
「やれるもんならやってみやがれ!さあ、ここまで来いよ!」
ポルターガイストは後ろを振り返り、一目散にこの場を去った。逃亡?違う、ノーフィールを自身の有利な場所に誘い込もうとしているのだ!ノーフィールは一度だけ後ろを振り向き、イチコの遺体を見た。目を閉じ、そして開いた時には取り戻した怒りが体に纏わりついていた。ノーフィールは広間を去り、ポルターガイストを追った。
◆◆◆
ポルターガイストがノーフィールを誘い込んだ場所は、彼が自ら作り出した、彼のための処刑場であった。備え付けられているものは侵入者迎撃用兵器ではなく、何百本ものカタナや槍、非人道武器マキビシなどであった。ポルターガイストのキネシス・ジツはかつてのオダ・ニンジャのような強力無比なものではなく、対象をただ浮かす、あるいは飛ばすだけのジツである。だが、彼自身の努力と才能により、複数の物体に同時にジツを作用させることを可能にした。
かつて、ポルターガイストがノーフィールを倒したのも、この場所であった。しかし、磨かれた残虐性の高まりにより、かつてよりも大量の武器がこの処刑場に飾られていた。この処刑場はブラックブラッド・ヤクザクランに楯突いた敵対ヤクザや、内部の膿を出すために使われていた。これまでにここを無事に脱出できた者は皆無。いずれも死ぬか、忠誠を誓うまで徹底的に痛めつけられる。
ノーフィールは処刑場に足を踏み入れた。そして、怒りを込めた声でアイサツした。
「ドーモ。ポルターガイスト=サン。ノーフィールです」
「ドーモ。ノーフィール=サン。ポルターガイストです」
アイサツが終わると、ノーフィールは抜刀体勢に入り、ポルターガイストは両腕を横に大きく広げた。
「ヒヒヒ、再び切り刻まれるテメエが目に浮かぶぜ。今度こそ、テメエの心なんざ完全にぶち壊してやるよ」
ノーフィールは構えをとったまま、殺意ある声で一言だけ言った。
「いいからさっさと来な」
「イヤーッ!」ポルターガイストは手に力を込めた。すると、カタナや槍、さらには盾や鎧といった防具を含む大量の武器や防具が一斉に浮かび上がった!
「さあ、どこまで耐えられるか楽しませてもらうぞ!イヤーッ!」
ポルターガイストが武器20本を一気に発射!「イヤーッ!」ノーフィールは抜刀し、その衝撃波により全ての武器が撃ち落とされ、地面に落下した!衝撃波はポルターガイストへと向かったが、キネシス・ジツにより盾を眼前に動かし、衝撃波を防御!
「イヤーッ!」ポルターガイストはそのまま盾を発射した!ノーフィールはそれを軽々と回避!「イヤーッ!」ポルターガイストは次に鎧を発射した!ノーフィールは反対方向に回避!「イヤーッ!」ポルターガイストは続けざまに残りの武器や防具を全て投擲した!ノーフィールはニューロンを最大限に加速させ、時間の鈍化を感じながらそれらを回避し続けた。
半分以上回避し、さらに回避しようとした矢先、ニンジャ第六感が警告を促した。彼女の回避の先には非人道武器マキビシ!「チィッ!」彼女は舌打ちをしてその場で大きくジャンプした。「イヤーッ!」ポルターガイストは発射済みの武器に再びジツを作用させ、狙いを定めて再発射させた。
「イヤーッ!」ノーフィールはイアイによる衝撃波でそれらの数割は撃ち落ちした。だが、全てを打ち落とすことができず、それらは彼女を襲った。「グワーッ!」空中で攻撃を受けたノーフィールは後ろへと飛ばされたが、空中で体を回転させ、地面へと着地した。
「ハァーッ!ハァーッ!」ノーフィールは肩で息をした。予想よりも大きなダメージを受けてしまった。目の前の敵は昔よりも強い。そして、このまま防戦一方だと勝ち目はないことを悟った。
「どうしたァ!威勢がいいのは最初だけかァ!?」
ポルターガイストが再発射の準備を開始した。ノーフィールの周囲を武器や防具が囲む。どうする。近づこうにも周囲からの攻撃を防御することで手がいっぱいになる。だが、防御ばかりだと一向に近づくことなど出来ない。なら、とるべき道は・・・
ノーフィールは目を閉じ、イチコの笑顔を思い出す。昔に両親を失い、今度は彼女を失った。もうこれ以上、失うものや想ってくれる人など、このネオサイタマには居ない。
「それなら、アタシは・・・!」
ノーフィールの覚悟が決まった。彼女は抜刀体勢に入った。ポルターガイストは勝ち誇ったように言う。
「次で最後だ!ブザマに跪くがいい!」
ポルターガイストはノーフィールの前方の武器や防具を一斉に発射した。
「イヤーッ!」ノーフィールは抜刀して全てを衝撃波で破砕した!
「無駄だ!壊れようとも破片を飛ばせるわ!そして、イヤーッ!」
ポルターガイストはノーフィールの後方の武器や防具を一斉に発射した。ポルターガイストはノーフィールが後ろを向いた直後、先ほどの破片をぶつけ、体力をジワジワと奪わせる算段をしていた。
だが彼女は後ろを振り向くことなく、前へと前進した。
ノーフィールの背中にカタナや槍が突き刺さり、盾や鎧が激突する。「グワーッ!」彼女は痛みに耐え、その場から駆け出した!
「何だと!?」
予想外の行動と耐久力に驚愕するポルターガイスト!だが瞬時に冷静さを取り戻し、破砕された武器の破片にジツを作用させ、一度に全てを放った!「イヤーッ!」ノーフィールはそれらを全て無視した。武器の破片が体に突き刺さるが、彼女の前身は止まらない!進め!進め!前に進め!
「死ぬぞテメエ!」
ポルターガイストは狼狽えた。かつて、命乞いをする者はいたが、このように向かってくる者は皆無であったからだ。ポルターガイストは動揺を隠せずにいた。そして、その動揺が命取りとなった。我に返った時、ポルターガイストはすでにノーフィールの抜刀範囲内に入ってしまっていた!
「イヤーッ!」血塗れになった手でノーフィールはカタナを抜いた!ポルターガイストは防御姿勢を取ろうとしたが間に合わない!「グワーッ!?」カタナはポルターガイストの体を深々と切り裂いた!ゴウランガ!
キネシス・ジツが使えなくなるほどの致命傷を受けたポルターガイストは、震えながらノーフィールを見る。そこにいたのは、全身を血で染め、憤怒の表情を浮かべた彼女であった。ポルターガイストは恐怖した。
「アイエエエエエエエ!」
ノーフィールはカタナを構え、そのままポルターガイストの心臓を貫いた。
「サヨナラ!」
ポルターガイストは爆発四散した。
仇敵の爆発四散を見届け、ノーフィールは膝をついた。彼女に突き刺さっていた武器はキネシス・ジツの解消により彼女から離れたが、その傷はあまりにも深かった。今すぐにでも倒れてしまいそうだ。だが、まだ死ぬわけにはいかない。彼女はカタナを杖代わりにして、奥へと歩みを進めた。
4
コモノはポルターガイストの爆発四散をモニター越しで見ていた。
「なんてこった。ど、どうすればいい・・・!」
コモノは焦りを感じ、必死に思案する。コモノがこれまでボスの座を守れてきたのは、全てポルターガイストの存在のためであった。ポルターガイストはニンジャになる前にコモノに自分に逆らえないように教育された、コモノの最強にして最後の守りであった。そんな彼が死んだ。
ブガー!ブガー!ブガー!唐突に警報が鳴り響く!
「アイエッ!?」
コモノは驚いた。その数秒後、事務所内で爆発が起こり建物が大きく揺れた。さらに数秒後、彼が見ていたモニターに今届いたメールが勝手に表示された。書かれていたのはたったの一行。
『拝啓、コモノ=サン。オヤブンの仇だ』
「アイエエエ!?」
コモノは情けない叫び声を上げ、送り主を確認する。そこには彼自身がオヤブンに手を下したクランの名前が書かれてあった。コモノは固まったが、モニターにさらに表示された「自爆装置作動な」を見た時、彼は一気に青ざめた。
「なんで自爆装置が作動するんだ!この部屋でしか作動できねえはずだぞ!?」
自爆装置は万が一の時に備え、証拠隠滅のために設置したものだ。作動すれば事務所内の装置に過負荷を与えてオーバーフローを起こし爆発させる。約一時間後に全ての機器が完全爆破し、事務所が完全に崩壊する。
机の上の電話機が鳴った。コモノは慌てて電話に出る。電話の相手は事務所全体の管理室だ。
「ボス!大変です!ハッキングと強襲です!」
「どこのモンだ!」
「ハッキングは数ヶ月前に潰したヤクザクランからです!」
「侵入者もそいつらか!?」
「分かりません!侵入者は男女の2名で、次々と迎撃装置が破壊されていきます!」
「バカな・・・おい、何とかしろ!」
「そんなあ!わ、私には無理です!侵入者は二手に分かれ、1人は捕まえてきた奴らを閉じ込めた牢屋に、も、もう1人は・・・アイエエエエ!?」
ガラスが大きく割れた音が聞こえた後、電話は切れた。
「おい、何があった!クソッ!」
電話を投げ捨て、頭を掻く。
侵入者の1人は拾ってきた『道具』たちを閉じ込めた牢屋に向かったらしい。誰かを救出に来たのだろう。マズいやつを拾ったのかもしれない。だが、潰したクランの関係者はいなかったはず。だから、自爆装置のハッキングと侵入者は別だろう。
「だからって同時に来ることはねえだろ・・・!」
そして問題は侵入者のもう1人だ。ハッキングとは別といえ、狙いは確実に自分だろう。しかも頼みの綱のポルターガイストはもういない。それに、自分の命を狙う『道具』も近づいている。ここに居ては命がない。かといって、秘密の脱出経路というものはこの事務所に無い。
コモノは自室のガラス窓を見る。この部屋は三階にあるが、ここから脱出するしかない。彼は必死になって備え付けの拷問用ロープを探し出す。
「アッタ!」
ロープを手にとり、ガラス窓に向かった直後。ビュン!と風を凪ぐ音が聞こえた。そのコンマ数秒後、彼の右腕にカタナが突き刺さった。「グワーッ!?」コモノは手につかんでいたロープを落とし、その場にうずくまった。
カタナの投擲者が部屋にエントリーした。その女は全身血塗れで、今にも倒れそうなほどの弱りかけているが、眼光は強く、ただ己を睨みつけていた。
「ドーモ。コモノ=サン。ノーフィールです。・・・アイサツはいいよ。アンタはニンジャじゃないし」
事務所のあちこちで爆発が起き、揺れが続いているが、ノーフィールはしっかりとした足取りでコモノに近寄る。
「お、お前!ハッキングや侵入者はお前の差金か!?」
「ハッキング?侵入者?知らないね。・・・ああ、この騒ぎはそいつらのせいか。おかげで楽にここまで来ることができたよ」
うずくまるコモノの横に落ちたカタナを拾い、ノーフィールは彼の目の前でしゃがみ込む。
「た、助けてくれ・・・なあ、2人でやり直さないか?」
コモノはブザマに命乞いを始めた。ノーフィールは無言で話を聞いた。
「お前だってすごい傷じゃねえか。ワシが腕のいい闇医者に連れていってやる。それに、助けてくれたらこれまでの無礼を全てを水に流してもいい。どうだ、お前も死にたくはないだろ?」
ノーフィールは無言で話を聞いた。
「繋がりのあるクランに潜り、そこから一からやりなおすんじゃ。ワシのソンケイならすぐにクランを再興できるはず・・・お前でもワシのソンケイのことはわかるだろ?」
ノーフィールは無言。しばらく爆発音しか聞こえなくなった。
「言いたいことはそれだけかい?」
ノーフィールはカタナを動かす。
「生憎だけど、アタシにはソンケイってもんは分からないよ。アンタの教育通りにこれまで感情がなかったからね。だけど、今のアンタにはソンケイがないことくらい分かるよ」
ノーフィールが構える。
「だ、ダメだ!助け」
「もう黙りな」
ノーフィールはコモノの心臓を刺した。コモノはそのまま動かなくなった。
ノーフィールは部屋の壁際で腰を下ろす。この事務所が完全に爆発するまではしばらくかかる。だが、傷ついている自分が脱出できるとは思えない。それに脱出したところで、今の傷ではすぐに死んでしまうことは己自身が分かっていた。「ま、仇も討てたしいいよな」ノーフィールは呟いた。その時、彼女のニンジャ第六感が何者かの接近を察知した。その男は何も言わずに部屋に侵入した。
ノーフィールは侵入者を見る。赤黒のニンジャ装束で、「忍」「殺」の漢字が彫られたメンポを装着していた。赤黒のニンジャはノーフィールの姿を見つけると、アイサツをした。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ。ノーフィールです。侵入者ってのはアンタかい?」
「ああ、おれともう1人だ」
ニンジャスレイヤーはそれだけ答えた。
「で、アンタはボスをヤろうってかい?」
「いや、おれはニンジャの相手をしに来ただけだ」
ノーフィールは自身のソウルがこの男を畏怖していることを自覚した。ニンジャスレイヤーか。なるほど。
「このクランのニンジャはアタシとポルターガイストって奴だよ。アイツはアタシがヤッたから、あとはアタシだけだね」
「そうか」
「やるなら、ひと思いにカイシャクしてくれよ」
命を差し出そうとした時、ニンジャスレイヤーは急に上を向いた。機器を使わずに何者かと連絡をとっているようだ。何らかのジツなのだろうか。会話が終わった後、ニンジャスレイヤーは踵を返した。
「あれ、アタシを殺さないのかい?」
「本来の仕事は完了した。そんな暇はない」
本来の仕事。恐らくもう1人の侵入者のことだろう。
「でも、アンタの実力だったら一瞬で終わるんじゃないのか?」
「お前はこの場所で死にたいのか?」
「どうせこの爆発に巻き込まれるんだ。だったら・・・」
そこまで言ったあと、ノーフィールのニューロンに『彼女』のことが思い浮かんだ。
「・・・いや、やっぱり止めてくれ。死に場所は別にあった」
「そうか」
ノーフィールはふらつきながら立ち上がった。
「アンタはとっとと行ってくれよ。変なやつだけど、感謝はするよ」
その言葉に何も返事を返さず、赤黒のニンジャはその場を後にした。ニンジャスレイヤーが去った後、ノーフィールもカタナを杖代わりにして再び歩き始めた。
◆◆◆
燃え盛る事務所の中、ノーフィールはゆっくりと歩みを進めた。息が苦しい。体が重い。彼女は建物の爆発を待たずして爆発四散するだろう。だが、その前にどうしても行きたいところがあった。
ポルターガイストの処刑場を通り過ぎ、『彼女』が寝ている広間へと戻ってきた。広間は闇に包まれていたが、ニンジャ視力により、あたりの状況を見渡すことができた。ノーフィールが寝かせた場所から少しだけ離れた壁際に、イチコが眠っていた。ノーフィールは彼女のそばに近づいた。
あのあと、この広間でも戦闘があったことを、ノーフィールは周囲の破砕の様子から理解した。だが、イチコ自身にはカタナで貫かれた跡以外には何もなかったし、その彼女の周りには何も壊された形跡がなかった。誰かが戦闘中もイチコを守ってくれていたのだろう。あの赤黒のニンジャだろうか。いや、そうじゃないとノーフィールは感じ取った。
「誰かは知らないけど感謝するよ」
ノーフィールはイチコの横で仰向けに倒れた。それから、イチコの横顔を見る。
「コイツ、よく見るとカワイイ顔してたんだね」
まだ動く手でイチコの髪や顔を触る。それから、彼女の手を優しく握った。
「アタシのせいで死なせてしまって、すまないね」
自分と出会っていなかったら、この子はこれからも生き続けていたのだろうか。それは自分にはわからない。
「最期はアンタのおかげで後悔せずに逝けそうだよ。ありがとね」
感謝を短く伝える。
「あっちでも元気でやるんだよ。アンタは天国に行くんだろうけど、アタシはジコク行きだからね」
ノーフィールは笑いながら言った。
(例えジゴクでも、私はあなたとずっと一緒にいるよ)
イチコの声が聞こえたような気がした。だが、イチコは隣で寝たままだ。
「幻聴か。都合のいいものが聞こえたものだ。だけど・・・」
ノーフィールは天井を見上げる。
「・・・ああ、これが嬉しいっていう気持ちだったね」
体が熱い。体内のカラテエネルギーが暴走し始めていることを実感した。目を閉じて、彼女が驚かないように小さな声で最期の言葉をそっと呟く。
「サヨナラ」
ノーフィールは爆発四散した。
【バック・マイ・フィーリング 終わり】
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