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ショーセツ スナックぎんなんの災難    #5 オルタナティブ・ファクト


「今回の2つの問題、『桜』にも、『ウィルス』にも、『オルタナティブ・ファクト』が存在してしまっている。」比奈まつりが週刊誌の記事を読み上げていた。

「トップが発表する対策や指針、答弁の内容と、それに付随して発生する関係者や現場の告発があまりに乖離していて、大ひんしゅくを買った『もう一つの事実』という詭弁を再現してしまった」

「それ、堂下さんが書いた記事?」モモコはクリームソーダを飲みながら聞いた。スナックぎんなんで新しく始めたスィーツサービスだ。

「堂下さん、フリーランスのジャーナリストだったなんてねえ」虹子はため息をついた。「今クルーズ船を取材しているんですって」

「あんた、知らなかったの」まつりは呆れ顔である。

「知りませんよお」

「オルタナティブ・ファクトってなんだっけ?誰が言った?」モモコが母に聞いた。

「米田組の広報室よ。登良社長が就任した時、広報で何か偽情報を発表したのよね。

間違えて発表したものじゃなくて、印象操作として大袈裟なことを言ったものだから、マスコミが騒いだのよ。なぜそんな虚偽の情報を流すのかって。

そしたら広報官が『それは虚偽ではなくてオルタナティブ・ファクトです』ってしれっと言ったもんだから、ホントに大ひんしゅくだったわよ。」

「クルーズ船のウィルス対策ってホントにざるなの?」モモコは恐ろし気に首を竦めた。

「記事によると、『告発動画の内容が真実か否かは確かめようがない』ってなってる。船の中で何が行われているのかは、乗客も分からないわよね。隔離されてるもの。

でも、感染者の数を見ると、強ちウソとも思えない。これこそ深刻なオルタナティブ・ファクトだわ。」

比奈母娘は揃って考え込んだ。モモコのストローが、ズズ~っと大きな音を立てた。

虹子はグラスを磨きながら、二人の浮かない表情を交互に見やる。

「何かさ、ワタシ、どこもかしこも、機能不全に陥っているような気がするのよ」モモコは母の腕を揺さぶって言った。「どうしたらいい?」

「アタシ達じゃあどうにもならないわよねえ。感染症対策して、黙って成り行きを見守るしかないわけよ。」まつりは答えた。「もうちょっと落ち着いたら、船の中で何が起こっているのか、何がいけないのか、それこそ堂下さんみたいな人に、調べてもらわないと。

でもさ、震災の時も、いざとなるとみんな助け合ったじゃない?

これを災害と考えると、必ず助け合い精神って生まれてくると思うのよ。千葉の勝浦でもそうだったし。

だから、大丈夫よ。アタシ自身はなるべく対策して、でも誰か困ってたらなるべく助けるワ」

「そうだね、ママ。頑張ろうね」モモコは目に涙をにじませ、母娘はひしと抱き合った。

「問題は『桜』よ」まつりはいきなり体を起こして真顔になった。

「そうだね。『桜』だね」母娘の意見はあくまで一致していた。

「あれはただのウソでしょ」「そうねえ」

虹子はふっと疑問に思った。

「晋藤社長って、登良社長の真似をしているんですかね」その疑問を何気なく口にすると、母娘の視線が集中した。

「ヤバい、そうかも。ウケる~~」モモコは笑い出した。

「バカなこと言わないでよ。あんた達はホントにもう。米印書いて、『あくまで個人の感想です』っていうレベルのおはなし!」

「でも、ママ、ワタシ達、そういうお話ずっとしてたじゃない。登良社長になって、晋藤社長のウソが酷くなったと思わない?」

「あくまで個人の感想です」

「周りにイエスマンばっかり並べてさ」

「あくまで個人の感想です」

オルタナティブ・ファクトが話題になったせいか、まつりは慎重だった。

「虹子ママ、今度堂下さんに会ったら、その線で記事にしてもらおうよ」

「記事にならないわよ、そんな話」まつりはやにわに立ち上がり、カラオケのタブレットを掴んだ。「アタシ歌います」

今日も3人しかいない狭い店内に、中条きよしの「うそ」が流れてきた。

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