虹の彼方に
土砂降りの雨の中、洋三は急いでいた。
墨汁を薄めたような空は暗いと表現するより暗く、太陽の光輝が虚しく届かない重さを持った闇が支配している。
街はこんな時に外出する事を咎めるかのように閉ざされた雰囲気を漂わせていた。
それでも商店街のアーケードに着くと、少しは役に立っていた筈の傘をたたみ、足に密着したズボンを調える間も惜しんで先を急ぐ。
実はそうまでして急ぐ必要が無いのは洋三自身も自覚していた。
只、そうせずには、急がずには居られない心境に従ったまでの事だと、そして逸る気持ちが結果に何の影響も無い事も解った上で、わざわざ雨が叩きつける中、商店街へと向かったのだった。
薬局へ行く為に。
真帆の体調に変化が現れたのは先週の半ば、元々、白磁のようだった肌が、更に白く輝いて見えたのは、洋三の幻視かも知れない。
体調が悪いといっても、真帆の状態は風邪の前駆症状にしては症状が持続しない。しかも間欠泉のように体調が悪くなる。そして何より病の禍々しさを感じない。
薬局の入り口は薬以外のものに溢れていた。
薬局を出て暫く歩いた時、洋三はアーケードを叩いていた雨の音がせず、天井のポリカーボネート越しに光が差して来ている事に気付いた。
アーケードの出口に立って空を見上げると、雲の切れ間から幾筋の光が差し、大気中のプリズムを通して地表に降り注いでいるのが見える。
そして恐らく出来上がったばかりの虹が、自宅の方に向かって架かっているように感じられた。
右手にある傘同様、左手にある先程の購入物ももう、必要が無いかも知れないなと口角が上がるのを禁じえない洋三であった。
〈掲載…2011年 「風雅」カタログ〉