トタンエレジー
「もう来るやんなぁ」
建てつけの悪そうな木製横開きの扉の向こうで、間の抜けた関西弁がそういうのを聞き、洋三は白けた自身の好奇心をふるい起そうと格闘していた。
この三洋化学とかいう町工場の扉をくぐるのは、実のところ初めてでは無い。以前、知り合いからの頼まれごとで、この会社の商品のキャッチコピーや、会社概要の差し込み文を受けた縁がある。小遣い稼ぎのつもりで受けた仕事が、結果としては嘘になるような文章を書かされた経験となってしまい。しばらく罪悪感に苛まされたのを忘れられない。
洋三はこの会社の社長の、器の小ささに不釣り合いな、目立とう精神に馴染めないままで前回の仕事を終えたのである。
あれからその紹介をした知人とも疎遠になり、もうこのニヤケタ男の依頼を受けることもあるまいと思っていたら、あるタウン誌からのライターのバイトがまさかの三洋化学マターだったのだ。
つまり自分と。この扉とトタン壁の向こうに座るこの男は、同じ世界に属しているのだと思い知らされ、改めて自身の不甲斐無さを嘆かずには居られなかった。
建てつけは案の定悪く、音が盛大になるおかげで呼び鈴は必要ないようだ。
「いや~誰かと思えば先生でしたか。ご無沙汰して居ります~。」相手の社長はほんの少し洋三を値踏みするように視ると、事務所と思しき場所にしつらえた、古い応接セットに導いた。といってもスリ硝子の衝立の向こうでは、五十がらみの事務員が急須からお茶を入れている様が伺える狭さだ。
「早速ですが始めましょか。○△□×……。」
こちらが関西弁を理解している前提で、非常な早口でしゃべるこの男は、時折の擬音と共に展示会への意気込みと、決して一般的ではない、しかし彼にとっては非常にポピュラーな自社製品のアピールを述べ始めた。
専門誌ならまだしも、地方都市のミニコミ誌で専門用語を駆使した関西弁をそのまま掲載するのは、読者にとって拷問である。それでなくても購読者が減少しており、更なる読者離れを助長するであろうこの男の話は三十分続き、広告代を取り戻そうとする中小企業の親父そのものといったこの社長を納得させ、且つ、読者の減少を抑える為の面白い記事を捏造するこの後の作業を想像した洋三は、「今度こそメジャーになろう。否、成らなければ!」と、きつく心に誓うのだった。
〈掲載…2013年 「風雅」カタログ〉