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人の犠牲の上に

 車窓を流れる濃い緑がスピードを増す。緑の元になっているのは葉緑素という粒粒だと、理科の授業で習ったばかりだった。一葉にどれほどの粒粒が在るのかは判らないが、目に映る景色は緑又緑にしか視えない。
 隣で運転している年嵩の従兄に窓を開けて良いか聴くと、もうそろそろいぃんじゃねと返された。いずれは自分もこんな生意気盛りの従弟では無く、好きな女性とドライブ出来るのかな、そうなったらどんなに愉しいだろうと考えながら窓を少し開けると、急に枝葉が風に擦れる音、虫や野鳥の声、そして鼻腔の奥に届く生命の薫りに車内は満たされ、五感が爆発しそうになった。普段の都会暮らしでは得られない高揚感に少し酔って、まるで自分が最愛の女性とドライブしている様な錯覚に陥り陶然となった。
 しかしそれもつかの間、自分は唯の暇を持て余した夏休みの中学生で、親戚に誘われるまま鄙びた駅に寂しく降り立ったばかりである。寧ろ気の毒なのは、運転手扱いの背が高く精悍な従兄の方である事を想い出した。

 従兄のデートを反故にさせた洋三、中二の夏だった。


〈掲載…2017年3月 週刊粧業〉


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