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退屈は人類の敵

 新聞は一面から読む。とてもオーソドックスな事ではあるが、新聞を読む時、一面の最上段の見出しから読む。これは他人の家に訪問する際に、勝手口から入らないのと同じ価値観から来るもので、飲食店に行って矢鱈と裏メニューを探ったり、自ら常連メニューを創ったりしないといった配慮に類するものだと洋三は信じている。しかし実のところ新聞を読む前に必ず目を通すものがある。新聞紙面では無く、挟み込まれている広告だ。

 スーパーのチラシ、カーメーカーのチラシ、不動産情報、割引券付きの出前メニュー、求人広告、そして必ず目を留めるもの、それがイベントのチラシの類なのである。そしてその日も洋三の目を惹くものがあった。「パラートカ」というサーカスのチラシである。ご丁寧に割引券が付いている。いつも見慣れた国内の老舗サーカス団では無く、遠く東欧の方からわざわざ来日するらしい。巡業地は何故か地方都市が多く、洋三の住む市に来るのは二週間後となっている。

訪問先はどこも中規模の都市で、他人事ながら集客力に不安を覚えたが、よくよく考えてみるとサーカスの様な広い敷地を必要とするイベントは、地方都市と相性が良いのかも知れない。それに特徴に乏しく刺激に飢える土地柄、又、サーカス等といういささか時代がかった催しを受け止める層が在るのは、案外大都市よりも地方に得やすいのかもなと独り納得した。更にチラシを読み込むと、ステージ間近のテーブル席を予約すれば、なんとテントの中で飲食も出来るらしい。それが決め手になった。

 四人がけのテーブルは地面との相性が良く無いと見えてガタガタとしていた。しかし最初こそテーブルに置かれた発泡酒や食事(たこ焼きとかフライドポテトをそう呼ぶ事が出来るなら)の行方に気をもんではいたが、火の輪っかをくぐるライオンや、綱渡りをする少女、定番の空中ブランコ等、息もつかせない演目が続くうち、気付かぬ間に引き込まれる自分に、まだそんな処があったのかと、庭から温泉が出た様な嬉しさがあった。自分以上にわぁだとかひぁっだとか声をあげている家族のリアクションも又、洋三の提案に最初は気乗りしなかった妻の真帆に対して、ある種の優越感とも勝ったな感とも言えぬ、安心とワクワクをごった煮にした様な感情を産みつつあった。

 唯、一つだけ違和感のある事が洋三にはある。この日常の隣にあるお手軽な非日常を、SNSを使って直ぐに個人が発信する風潮に対してである。最近はイベンター側も宣伝になるという理由からあまりうるさく言わなくなっているらしい。現に今日もあちらこちらでスマートフォンを向ける人たちを見かける。彼らは演目を観ているのであろうか、それともスマートフォンの画面を見ているのか。自身が少数派にある事を認識しながら、横に座る多数派の妻に、帰ったら聴いてみたいと思う洋三であった。

〈掲載…2017年 会社概要〉

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