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もっと綺麗にしてあげたかった

2022年の後半はエーステ一色で、現実の色んなことを忘れられる時間が多かったんだけど。
作中で莇が病床のお母さんにメイクしてあげるシーンがあって、あまりにも自分と重なったからちょっと書いておきます。
語彙力や文章力の類は持ち合わせていないので読みづらかったらごめんなさい。

今年の6月末におばあちゃんが92歳で死にました。誤嚥性肺炎でした。
夏単が大阪公演中に、四十九日で地元に帰って、これで一応おばあちゃんとのお別れは一区切りだと言われました。
区切りなんてものは遺されたモノにはないと思うから、いつまでだって思い出して泣けてくるよね。

仕事の帰り道に紫陽花が咲いていて、その写真を母に送ったら全然返事が無くって、その日の夜にはもう亡くなってしまったそうで。

もう危ないかもしれないと言われて急遽帰省した6月の頭、久々に会った祖母は私たちの顔を見ても声を発さなかった、というかもう声を出せなくなっていて。
それくらい体調は悪かったんだと思う。すぐに帰ってきて、と連絡をくれた母には感謝してる。


さて、一番書き残しておきたいのは、お別れの準備をするために必要な儀礼をさせてくれた「おくりびと」についてです。
ゆかんって知ってた?私良い歳して知らなかったんだよね。無知。

湯かんしますので、と女性1人男性1人スタッフさんがいらして、母に「ゆかんって何?」と聞くと、「おくりびとだよ」と教えてもらった。

おくりびと…?映画…?

「ご家族のみなさん、お手伝いしていただけますか」と女性の湯かん師さんに声をかけてもらって、スポンジでおばあちゃんの足とか腕とかを洗った。細い脚も手術してボルトを入れた膝も畑仕事で酷使した指先にもおばあちゃんの人生が刻まれていて、家族親戚みんなで泣きながら身体を洗ってあげた。
それが終わって、顔にシートマスクでパックをして、
髪型はどうしますか、分け目はどこが良いですかと男性の湯かん師さんに聞かれて母や叔母と相談しながら一番おばあちゃんらしいと私たちが思う写真を見せたら櫛でとかして綺麗に整えてくれた。

保湿が終わったのでお化粧に入ったのだけど、お化粧もやりませんか?と言ってもらって、最年少孫の特権で代表して全てやらせてもらった。
思った以上にほとんどの行程をやっていいと言われて、おばあちゃんの最期の姿を綺麗にする責任を感じながら、涙をおばあちゃんの顔に落とさないように気を付けてブラシでチークを塗ったところで、私の前に座っていた女性の湯かん師さんが泣き出しちゃったんだよね。プロのお仕事として最期を綺麗にしてくれる湯かん師の方が、私と一緒に泣いてくれる人で良かった。

莇がさ、ポートレイトでお母さんにチークを塗ってあげるシーンがあまりにもこの時と重なってしまって、私は秋単のあのシーンは毎回ボロボロに泣いてしまった。

最後にみんなで相談して湯かん師さんが用意してくれた口紅の中から選んだ色を塗らせてもらって終わりだったんだけど、唇からはみ出まくるし唇に塗ってみたら思ったより派手な色で、結局私が普段使ってるKATEのリップモンスターのダークフィグを塗ったくった。おばあちゃん、これなかなか落ちないからオススメだよ。


最後の10年は実家の近くにいてくれたから私が東京に出る前まではほぼ毎週末会えてて、楽しい思い出がたくさん増えて、今もう会えないのが信じられないけど、お別れの儀式としてあの時間をもらえて良かった!
おくりびとに感謝だし、莇にも感謝(?)

おやすーみ。




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