#15 いじめはつまらない
昨日,Twitter(現X)で「いじめの構造」というお話をある方のツイートにて拝見しました.巷についてTwitterを覗いていますと,主に学校生活をしている子どもさんや親御さんがこのいじめ問題についてはよく言及されている様子が見て取れます.私はいじめというものはこの世の人間に欲やよくないこころがある限り無くなることはないだろうと信じている人ですが,いじめというものほど人生をすり減らすといいますか,"つまらない"ものはないのではないかと感じます.
むかし,生徒・学生をしていた頃にいじめられた体験というのは私にも結構あります.特に,私の経験上にて同調圧力の強かった古い日本的な組織ほど,そういういじめが多かったという印象を持っています.今まで,様々な組織に一時的にであったにせよ,中長期的にであったにせよ所属したことがありますが,私の場合は2~3件そういう組織があったことを覚えています.
話は転じ,いじめについては何度も言いますように,人間の生活がこのあとまだ続いてゆく中でも無くなることはないだろうなとは残念ながら考えてしまいます.例えとして,いじめる人は燃料(原因),いじめられる人は火打石(きっかけ)を持っているとも私は考えているのですが,燃料はこの世に人間が生きている限り消えることはないのですから,いかにそのような人の前で火打ち石をカチカチしない配慮ができるかというところが,いじめとの縁を避ける秘訣ではないでしょうか?しかし,本当に幸せな人間関係を持っている,あるいは持っていたことのある人ならば,そういう気を利かすではなく"気を遣う"ことを要求されるような人間関係に居続けなければならない苦悩には参ってしまうものでしょう.
あまり具体的ないじめに関する記事にはならなかったかも知れませんが,いじめはよくないというよりも"つまらない"ものだなと毎度考えさせられてしまいます.そして,そのいじめとやらが民刑法に触れるような内容ならばいじめとして扱わず,また私憤で済ますのではなく公憤としてそれなりの対処は取った方がいいでしょう.いま私が言えることはこれくらいかも知れません.それより,いまここでの自分の暮らし,人生,そしてその幸せの充実に焦点を当てて,"つまらない"いじめのことなどすっかり忘れて暮らせることをたたただ願うばかりです.余計な苦悩をしている暇などありません.