孤独に効く薬
あれは、たしか数週間前のことだった。
定時で仕事を終えた俺は、いつも通る大きな池のある公園に、黒いテントが張ってあることに気づいた。興味本位で近づいてみると、黒いテントは入口が大きく開いており、中には木製のテーブルがあった。照明はランプとキャンドルのみで、テーブルの奥には、フードを深く被った人物が、少し豪勢なヴィンテージ感のある椅子に腰かけていた。
もう十数年この道を通っているが、こんなものを見たのは初めてだった。テーブルの上に並ぶものが気になり、テントの中へと踏み込む。中は少し甘ったるい香りが漂い、キャンドルの熱気と共に顔に絡みつく。
テーブルの上には、小さな小瓶が乱雑に並んでいた。そんな中で何故かひと際目を引くものがあった。
【孤独に効く薬】
小さな小瓶の側面に貼られたぼろぼろの紙に、頼りなげにそう書いてある。馬鹿馬鹿しい、そう思いつつも、会社と家を往復するだけの生活にげんなりしていた俺は、悲しいことに好奇心が収まりきらなかった。
黒いフードを目深に被った店主に値段を聞いてみると、「お代は、あなたの孤独の分」と言ったきり、他の質問には答えてくれなかった。
結局、孤独の分と言ったくせに、お小遣い程度の金額では何の反応も示さず、自棄になって財布の中身をすべて出したところで、店主はあっけなく瓶を差し出した。
別にこんなものを本気で信じている訳ではない、たまにはこんなことにお金を使ったっていいだろう。そう心の中で何度も言い訳しながらも、店主に渡された取り扱い説明書の通りに満月の日を待ち、月明かりの下で一気に飲み干した。
飲んでからしばらく様子を見たものの、なんの変化もないことに落胆していた。会社の同僚は相変わらず俺に話しかけてくることもないし、気の利いたジョークを交わせる友人ができるわけでも、ふいに襲い掛かってくる恐ろしく深い虚無感が埋まることもなかった。
なんてことはない、またいつもの日常に戻るだけだ、と思うと同時に、悲しみのような怒りのような感情が湧いた。もちろん、あんなに怪しかったのだから、騙された、というには大げさなことは分かっていた。だが、こんな簡単なことでも愚痴を吐ける相手のいない俺には、どうにもこの気持ちの落としどころが見つからなかった。そこで、哀れな犠牲者を増やさないように、文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだ。犯人は現場に戻ってくるというし。
続く