選択は時に、どちらも正解をはらんでいて。
ある日突然、母は言った。
「お父さんとお母さん、どっちについていく?」
妹はぽかんとして、訳が分からない、といった様子だった。でも、私にはわかる。父と母は、とうとう別れるのだ。正直、別れること自体には安心していた。受話器を持って泣く母を、もう見なくて済む、と思ったからだった。
「私はお父さん」
迷わずいう。母は驚いたような、悲しそうな顔をして、そう、とだけ言った。もちろん、母のことは好きだ。でも、昼によく来ていた男の人の顔が頭に過って、私が居ないと父は独りになってしまう、と思ったからだった。
「私は、お姉ちゃんと一緒!」
妹は言う。あんたはいいんだよ、お母さんの所でも。そんなこと、口に出して言えるはずもなく、私たち姉妹は父に着いていくことが決まった。
一緒に過ごす最後の日、母が作ったのは私の好きなカレーライス。いつもの、少し甘めのポークカレー。
妹は楽しそうにしているけど、私は黙ってカレーを食べた。穏やかないつもの風景。違うのは、母がこれから家族から抜けてしまう、ということだけだった。
私たち姉妹は、ご飯を食べ終えるといつも一緒にお風呂に入ってそのまま寝室へ行く。妹の寝息が聞こえる中、寝なきゃ、明日も学校だ、寝ないとダメだ。わかっていたけど、私はこらえきれずに母の元へと向かった。
「ねえ、お母さんお願い。行かないで。…お願い」
母は困ったように笑って、私をぎゅっと抱きしめた。お母さんお願い、お願い、お願い…。
私の願いも空しく、母は私をベッドへ促して、バスタオルをそっと置いていった。ああ、遅かった。遅かったのだ。バスタオルへ向かって、私は泣いた。大きく、大きく泣いた。
次の日だったか、その次か。お母さんはもう、帰ってこないことを知って、妹は泣いていた。私はもう、泣いてばかりはいられない。
「大丈夫。お姉ちゃんがいるからね」
わかっているのかいないのか、妹はうんと頷きながら、また泣いた。
「私、お母さんのカレーが一番好き!」
娘の声で我に返る。ありがとう、そう言いながら、小さな娘を抱きしめる。
お母さん、私もお母さんのカレーが、一番好きだったんだよ。
そう、心の中でつぶやくと、あの困った笑い顔が、少しだけ穏やかになったような気がした。
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