空気
青年のいるグループはとても平和な関係であった。諍いが起きそうになれば、青年はそっとその間を取り持ち、陰口を叩くものがいれば否定も肯定もせずただただ聞き、別の見方をひと言述べる。相談してくる者がいれば真摯に聞き、時には寄り添い、また時には諭す。グループ内の皆、青年を頼りにしていた。だが青年もそのことを苦に感じることはない。寧ろ空気が悪いことを許せない性質なのだ。
そう、青年はキレイな空気を愛していた。青年の部屋では年中空気清浄機が稼動しているし、休みの日は郊外の山にハイキングに行くことを趣味にしていた。
ある時青年は自分の前をグループの二人が話しているのを見つけた。その二人とは二十メートルばかり距離が離れていたので、あまり遠くから声を掛けて二人の空気を悪くするのもいかがなものかとと思い、声を掛けることはせず足早に距離を詰めた。二人まで五メートルの距離まで近付くと二人の会話の内容が聞こえてきた。
… 名前こそ出てこないが自分の話だと分かる。それも良い内容ではない。だがここで咎めては空気が悪くなってしまう。空気が悪くなればきっとグループの不和にも繋がりかねない。青年は素知らぬ空気を出しながら、驚かさない程度の声で二人に声を掛ける。そしていつもどおり彼らに馴染んで会話を行う。
その次の日は休みだったのだが、雨が降り楽しみにしていたハイキングに行けなかった。仕方なく近場のカフェで静かに読書でもしようかと行くと、自分以外全員揃ったグループがテーブルの一角を使っていた。話題の話はどうやら青年の悪口のようだ。青年はその光景をただ呆然と眺めた。そこにもはや感情はない。青年が立ち去ろうとした一瞬、グループのメンバーと目が合った。彼はなにも言わず雨の中走って自宅へと帰った。
家に帰るともんもんとした空気が立ち込めていた。つけておいた部屋の空気清浄機が止まっていたのだ。電源を入れ直してみても、フィルター交換が必要だと報せる赤いランプが点滅し続けるだけで、空気を吸うことも吐き出すこともしない。それは呼吸をやめたかのようだった。
机に置いたケータイがメールや電話の通知で何度も光っているが、もはや彼にはどうでもいいことだった。
彼は自分の部屋のベットに横になると空気を大きく吸い込んで静かに眠りについた。
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