思い出されるのはいつも、何でもない日常で

僕たちはしばしば、お互いの耳を掃除する。彼女の耳には、その愛らしさからは想像もつかないものがある。あ、なんかそこ、気持ちいい…、と彼女は呟く。

僕たちはしばしば、帰路を共にする。電車の中では特に話したりしないが、人で混めば寄り添いあい、ニコリと笑う。

僕たちの夜ごはんは賑やかだ。彼女は1日あったことを事細かに話し、時に僕の話を聞く。くだらないバラエティ番組で、互い違いのツボで笑う。並んだごはんは、最高傑作のように褒め称えるのが常だ。

僕たちは、毎日ではないが、朝ごはんを共にする。テレビはつけず、言葉は少ない。静かだね、と言うと、そうだね、と返ってくる。

僕たちはたまに、遠出をする。はしゃぐ彼女は、普段より一層子供に見える。写真を撮って!とせがむ彼女に、僕は仕方なく従う。

彼女はしばしば、涙を見せる。何かを気にしてぐちゃぐちゃになる彼女を、僕はわかってあげられない。

彼女はいつも、弱音を吐かない。辛さを隠し、押し殺す。僕はしばしば、寂しくなった。

僕は時々、辛くなる。孤独な彼女と、無力な僕。

彼女はしばしば、遠くなる。世界は怖いと泣いて言う。

ある夜、本当に急に消えてしまった彼女は、もう一生戻ってくることはない。安らかに眠る君を前に、繰り返し日常を再生した。

君の世界は君のもの。僕の世界は僕のもの。願わくば、遠い先の空が、君にとって幸せであるように。

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