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23時、スターバックス
『ええ!?ホテル行ったけど、シてないの?』
突然の絶叫にびっくりして、慌てて声を抑えるように手振りする。終業時間を遠に過ぎたとはいえ、他のフロアーにはまだ人がいるかもしれない。
『え……じゃあ、なんにもしてないの?そんなことある……?』
何もしてないといえば、ウソにはなる。
『ん?途中まではしたけど、最後まではしてないてこと?え、逆にどうゆう状態?立たなかった?』
いやいや、デリカシーなさすぎでしょ。
東京タワーのライトアップが変わってから、1ヶ月経とうとしてるのにポツポツとしたメール以外なにもない進展と、謎の消極性を問いつめられて、私はついに初回のデートでの失態を自白した。
朝起きた時の衝撃はまだ記憶に新しい。
やらかした時に人間はホントに1回、自分が裸なのかどうかをシーツを捲って確認する(記憶があるのに)。
なぜか爽やかな相手の笑顔。
着替えと称して洗面室に逃げ込んでみた、化粧の崩れまくった自分のおそろしい顔。
めちゃくちゃ早歩きで駅まで歩いた無言の時間。
彼女にはわざわざいわなかったけど、さらに別れた後にサイフを落としたことに気づいて恥をしのんで一緒に探してもらってもいる。
ダサいことこのうえなく、穴があったら今生もう出てきたくない。
それでも、何度か会えないか打診はした。なしのつぶでではあるけれども。
『え〜でも、仕事が忙しいんじゃないん?今日金曜日だし、とりあえず聞いてみなよ』
パリピの底抜けのプラス思考こわい。
—仕事いそがしいかんじ?
とりあえず彼女の猛攻をかわせればいい、どうせ今日中には返事は帰ってこないと思ってメールすると、意外にもすぐに返信がきた。
—仕事ホントにいそがしくて、ごめんね。22時、渋谷来れるならコーヒー1杯くらいおごるよ。
『Youキメてきな』
肩越しに画面を見てた彼女にバシバシ背中をたたかれ、気合いを入れられて断るわけにもいかない。
―――
結局、待ち合わせたら23時近くになり、すぐ電車に乗れるようにと、駅を見下ろすスターバックスに入る。
あんなことがあったことも、久しぶりにあったことも感じさせない話しやすさに安心して、女慣れしてるんだろうなとも悟る。
合コンの時に同席した女の子にしつこく電通のツテを聞かれて大変だったことや仕事のトラブルなどを聞いてると、時間はあっという間に過ぎてすっかり終電を逃したことを伝え損なった。チラっと時計をみた彼はようやく自身の終電の時間に気づいた。
「ごめん!もう、12時になるね!電車大丈夫?」
終電はもう何分か前に行ったことを告げると驚いて頭をさげてくれた。
「ごめん、言ってくれたらよかったのに……なにかアテあるの?」
特にはない、このへんには友だちもすんでないし。
「え、じゃあどうするの?!」
どうしましょう。
しばらく沈黙したあと、彼は腕組みしてスターバックスのダクトむき出しの天井を仰いで困ったように笑った。
「……マイったな……確信犯なの?」
そうともちがうとも言えず、こちらも曖昧に笑う。
「……今日は、お酒のんでないよ?分かってる?」
諭すように言われ、分かってる、とうなずく。それをうけて彼はとても驚いた表情をしたのち、いつまでも笑った。