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自分の色を求めて−草木染め手織り・佐藤亜紀②

◇プロローグ:道を探した20代、道を作り始めた30代



工房兼自宅となっている家屋に足を踏み入れると、まずは三和土が広がっていた。
近年の一般住宅よりも広めの三和土だったので、作品や作品を作るための道具の出し入れには便利な造りだと思った。

工房の2階に上がると和室が2部屋あり、一部屋が作業部屋・もう一部屋が作品を保管する場所となっていた。
作業部屋は東側・西側どちらからも光の入る部屋で、自然光の心地良さを感じる空間だった。


長岡造形大学の産業デザイン学科(現 美術・工芸学科)でテキスタイルを学んだ佐藤さんは、卒業後の進路について考えるため東京へ出た。
見聞を広げることで自分が本当にしたいことは何なのかを見定めるためだ。

多くの出会いを経て、京都に工房を持つ染織家の元へアシスタントとして入った。それから約3年、アシスタント業を務めながら染織を学んだ。

「師匠のところでアシスタントをしながら修行するのは通常2年なんですけど、私は独立後の進路についてイメージがあやふやだったこともあって3年いたんですね。その時に滋賀で草木染めを学べる教室と出会って。アシスタント業と並行して1年学んで自分の目指したい形が具体的になりました。」

この学びが独立への背中を押し、このタイミングで師匠の工房を出た。

引っ越し先には庭があり、ビワ・ウメ・カシの木(どんぐり)・サルスベリが植っていた。
それを見つけた佐藤さんは素材が手に入りやすい環境になり「これで自分でも染められる!」と確信し、草木染めの織物制作に踏み切った。

ちなみに、ビワはオレンジ・ピンク、ウメは赤みを帯びた茶色、カシの木は黒やベージュ、サルスベリは茶・黒が出る。

季節・天気・湿度・媒染液によってこれとは微妙に違う色が出るので、「その色」にはその時にしか出会えない。
全く同じ色が出ないからこそ、近づけるように、同じ色が出せるように、染色家は技術向上の努力をするし、工夫を重ねる。

「独立するときはワクワクした気持ちやそれまでお世話になった方へ恩返しをしたいという気持ちが強くて、不安というようなことはあまり考えてなかったですね。」
と、佐藤さんは当時を振り返った。

それから大きなクラフトフェアに出店し、そこで知り合ったギャラリーで作品を置かせてもらうようになった。その後百貨店とも繋がりができ、北は北海道から南は九州まで全国で活動を展開した。
多少の波はあるが今日に至るまでコンスタントに活動を続けている。


◇「素材を活かす」というこだわり


絹糸が巻かれた木枠。一つの作品のようにも見える。


作業部屋の奥には、織り機と、絹糸が巻かれた木枠が並んだ棚が設置されている。白から赤へとグラデーションに並べられた絹糸は、角度によって違う輝き方を見せてくれた。
触れてみると、自分が認識している絹とは違う硬めの質感があった。

佐藤さんはこの絹糸からストールやテーブルに置くような一枚布、コースターなど様々なテキスタイルを生み出している。

ここでふとした疑問が頭に浮かんだ。
「絹といえば艶やかで滑らかな印象があるが、なぜ佐藤さんの絹糸は違う感触なんだろう?」

絹といえば、ペルシャ絨毯の肌を滑るような質感を連想してしまう。そして草木染めしにくいというイメージがある。
というのも、三方舎オリジナルのオーダーメイド絨毯「GOSHIMA絨毯」でも一部シルクを使用するデザインがあるが、草木染めが難しいためその部分だけ化学染料を使用している。そのイメージが強かったからだ。

佐藤さんの使用している絹糸。パリッとした感触が伝わってくる。


この疑問について佐藤さんは新しい世界を教えてくれた。
「草木染めはタンパク質に染まりやすいため一般的に絹・ウールの動物性の糸は植物性の綿・麻より染まりやすいです。」

「また、一概にはいえませんが同じ絹糸でも加工がしてあればあるだけ染まりにくくなります。私が使っているのは原糸に近い状態の絹糸なので、草木染めでも染まりやすいんですよ。藍染をする時も藍の生葉をミキサーで粉砕して作る染料で染めるのでほぼ100%藍染となります。この染料で染めた布は最初は緑色をしていて、酸化することで藍色に変化します。」

一言で藍染といっても一部化学染料が入ることが多いので、厳密には天然の藍染とは言い難いと別の染色家さんからも聞いたことがある。
佐藤さんは「藍生葉染め」で一般の藍染とは種類が異なるが、この染め方をすれば天然の藍染に限りなく近づけることができるのだ。

藍生葉染のストール。所々に黄緑の糸を織り込むことで、淡い色合いながら引き締まった印象となる。


ちなみに絹糸にはおよそ8種類ある。生糸の組み合わせ方法の違いにより生じるもの(原料が蚕の糸というのは同じ)で、その種類によって手触りが異なる。
一般的によく知られるあの滑らかな絹糸は、この8種類の一つ正絹(しょうけん)という種類。

佐藤さんの「原糸に近い」という絹糸は「生糸」に当たる。2匹の蚕が1つの繭をつくることがあり、大小の節がある糸がつくれる。
手で触ると少しパリっとしているが、首など肌の柔らかい部分で触れたときはふんわりした不思議な感触をしており、まるで空気を纏っているかのような気持ちにさせてくれる。
この感触は、加工をほぼせず絹が持つ本来の特性をそのまま生かしたものだからこそ感じられるものだったのだ。

「こだわりというこだわりは特にないつもりですが、あえて言葉にするなら『素材の特性を生かすこと』かもしれません。」
そう言って微笑んだ佐藤さんは、長年言葉にできなかった想いをやっと口にできたというようなどこかスッキリとした顔をしていた。


◇エピローグ:暮らしを整えて色を深める


織物を床一面に並べた様子。草木染の豊かさを感じる。

佐藤さんは制作に入るとき、規定のデザインを量産するのではなく、自分の感性に沿った色やデザインを選び取り一枚の布に表現していく。

その基準の一つとなるのが、工房から見える季節の色合いだ。
「布に景色を描くように色を選びます。その時取れる植物の量でも色の選び方は変わりますが、冬なら冷たい空気を思わせるような灰色だったり、温かみを感じるようにあかね(赤を出す植物)を使ったり。春なら芽吹く草木を思わせるような黄緑や黄色の組み合わせなどにします。大体いつも抽象的なイメージで制作してますね。」
と佐藤さんは言う。そして
「展示会に合わせて制作することも多いのですが、そういうときは『展示会はこの季節だから手にする人はこういう色合いが良いかな』と考え、それが基準になることもあります。私の作品を身につける人が心地よさを感じてくれたら何より嬉しいです。」
と想いを語った。

春先の朝の様子。雨上がりで空気が澄んでいるのが写真からも伝わってくる。
こういう何気ない風景が色となり作品に織り込まれる。


これからもその気持ちに変わりなく、自分の織った織物を使う人が和やかな気持ちになったり安らいでほしいと展望を話してくれた。
そのために一つ一つのことを丁寧に行う暮らしているという。

その一つが畑。
畑作業をすることでより自然を知り、そこで得た気づきや感覚を制作に活かすことで作品により深みを与えられたらと願っている。

春先、雪の下から顔を出した畑の麦


素材そのものを生かした佐藤さんの織物は、季節の色を教えてくれ「自然を身にまとう」心地よさを与えてくれる。
豊かな自然環境・生活環境の中で、これから佐藤さんの織物がどんな風に心地よく進化していくのか、ゆっくりと追いかけていきたいと思う。

制作する佐藤さんの後ろ姿



5/13(土)〜21(日)に三方舎書斎ギャラリー・離れにて「佐藤亜紀展−一枚の布が織りなす季節の光景−」を開催します。開幕2日間(13・14)は佐藤さんも在廊予定です。ぜひ佐藤さんに会いにいらしてください!
皆様のご来場を心よりお待ちしております!



執筆者/学芸員 尾崎美幸(三方舎)
《略歴》
新潟国際情報大学卒
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育学部卒
写真家として活動
2007年 東京自由が丘のギャラリーにて「この素晴らしき世界展」出品
2012年 個展 よりそい 新潟西区
2018年 個展 ギャラリーHaRu 高知市
2019年 個展 ギャラリー喫茶556 四万十町
アートギャラリーのらごや(新潟市北区)
T-Base-Life(新潟市中央区) など様々なギャラリーでの展示多数
その他
・新潟市西区自治協議会 
写真家の活動とは別に執筆活動や地域づくりの活動に多数参加。
地域紹介を目的とした冊子「まちめぐり」に撮影で参加。
NPOにて執筆活動
2019年より新たに活動の場を広げるべく三方舎入社販売やギャラリーのキュレーターを主な仕事とする。

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