#85 マンション建設業者になってみた
野生の花が咲き誇っている。ちょっと前までは可愛いオレンジ色のポピーが風に吹かれて揺れていた。取り壊される前の花壇の種から発芽したのだろう。
相模国分寺跡隣接地。南北に20メートルの幅がある。十分の広さだ。この空き地を見ながら、自分が建設業者だったら、どのようなマンションを建設するだろうかと想像してみた。
入居者にとって、快適で住み心地のいい住まい。
入居者に、ここを購入して本当に良かったと思ってもらえる住まい。
南側の窓の外には一定の空間があり、太陽の光が差し込む部屋。
そうだ、建設業者ならHPを作らなくちゃいけないな。企業としての思いを文字にすると以下のような太文字の文章になるかな。
●お客様の最良のパートナーとなり、かけがえのない時間と笑顔が満ちる豊かな暮らしを共創し、「そこに住む人の歴史が刻まれていく大切な場所」を提供し続ける。これが、私たちが提供するブランドの想いです。
●私たちがつくるマンションの設計図は、「お客様の心の中」にあります。お一人おひとりの声に耳を傾け、そのビジョンや想いをかたちにする。そこに住む人の歴史が刻まれていく大切な場所だからこそ、何年経っても色あせることのない価値ある住まいをお届けする。それが私たちの仕事であり、デベロッパーとしての使命。今日も、10年後も、その先も、「ここに住んでよかった」と思えるマンションを。
●私たちは、多くの人に選ばれ、住む人の人生に深く関わることで共感が生まれ、人々に愛される企業を目指します。
●私たちは、お客様の最良のパートナーとなり、かけがえのない時間と、笑顔が満ちる豊かな暮らしを共創し続けます。
●誠実、そして真摯に、お客様の人生に積極的に関わっていくこと
●愛情に満ちた笑顔と心やすらぐかけがえのない時間
●理想を超える空間の提供と、豊かなライフスタイルの実現
●高い品質と管理で、安全・安心な暮らしが続く住まい
●希望の地に住まいを持つ喜びと、永続的な価値
なかなかいい文章だ。光り輝いている。入居者を大切にするという姿勢がよく出ている。
気持ちよく空想の世界で遊んでいたら、ヒソヒソ話が聞こえてきた。
更地になる前には2棟のアパートがあった。1棟は2階建て、1棟は3階建て。南側には駐車スペースがあり、駐車スペースの南側には道路があった。太陽の光を遮るものはなく、光は部屋の奥まで差し込んでいた。
「社長、社長ったら! なにをボーっとされているんですか」
「社長って? 私のことか?」
「そうですよ、貴方、社長でしょ。社長、2階建てや3階建てじゃあ儲かりませんよ」
「そ、そうかなあ」
「そうですよ、3階建てと4階建てにしましょう。そうすれば部屋数が増えて、より儲かりますよ」
「でも、日影の問題が発生してくるだろう?」
「大丈夫ですよ。南側境界線ギリギリに建てるんです。そうすれば、日影の大部分は社長の土地に落ちることになりますから問題ありません」
「でも、南側境界線ギリギリに建てたら、目の前に家が建っているので1階と2階の部屋は暗くならないか? 入居者に悪いなあ」
「社長、なに甘いことを言っているんですか。そんなことでは他の会社に負けてしまいますよ。では、建物の端を14階建てにしましょう。ペンシルビルにすれば日影の問題はクリアーできますし、多くの部屋は光を取り込むことができます。暗いのは一部ということになりますから、誰も気にしませんよ」
「そうかぁ。そうすると、収入は数倍になりそうだな。それに高層ビルにすると注目度も上がるしな」
「そうですね。貴社はもっともっと伸びていきますよ」
どこかで聞いたような話で、空想の世界から現実の世界に戻された。
明和地所が建設しようとしているマンションは南側境界線ギリギリ。だから、47戸のうち、14戸の部屋には太陽の光は差し込まないだろう。南北の幅が足りないのなら、そのような設計も仕方がないこともある。しかし、この地は十分な幅があるのだ。入居者が快適な生活を送ることができる空間を提供する気持ちがあるのなら、建築物を南側境界線ギリギリまで近付けることなどできない。
前述の太文字の文章。これは明和地所のHPの一部を抜粋したものだ。
明和地所。言っていることと現実にやっていることと大きく異なるではないか。
光と陰。
太陽の光を受けて野の花は、人間社会の陰など関係なく瑞々しく輝いていた。
(23.5.11)
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