プロジェクトS 社員FILE001-1「ライフサイエンスへの参入」
プラスチック製実験器具を開発製造する理化学メーカー・サンプラテック。
ここでは、研究現場でのニーズやアイデアをカタチにしていくために、サンプラテックでは実際にどのような開発が行われているのかについて迫ります。
社員FILE001は、Platine、iP-TECの企画開発本部 商品開発部エグゼクティブフェローの桑原順一さんにお話を伺いました。
ライフサイエンス分野での商品開発のきっかけになった「シェルディッシュ」について取り上げます。
1.商品開発部の発足
インタビュアー:
桑原さんはいつ頃入職されたのですか?
桑原:
私がサンプラテックへ入社したのは、2009年でした。
2006年から就任された現在の加藤社長が、オリジナル製品の強化を目指して立ち上げた商品開発部に配属されました。
インタビュアー:
それまでにもオリジナル商品はあったのですか?
桑原:
もちろんです。
その当時P-BOX(小型インキュベーター)やMULTI洗瓶、やわらか洗瓶など、サンプラテック独自のアイディアを活かした製品づくりが評判を呼んでいました。
その路線を拡大すべく、Sの提案「アイデアをカタチに」というテーマで、新商品の開発に取り組みました。
2.受精卵取り違え事件
インタビュアー:
そんな中、「シェルディッシュ」を開発するきっかけとなる事件があったんですよね。
桑原:
はい。受精卵取り違え事件(※1)です。
当時聞いた情報ですが、受精卵を保管していた容器はいわゆるシャーレ(ディッシュ)で、容器本体と蓋部分は取り外しができ、蓋面だけに識別情報を記載していたために取り違えが起こったのではないか?ということでした。
そこに目を付け、「容器本体側にも情報を書き込める培養容器が作れないか?」と考えたのがシェルディッシュ誕生のきっかけとなりました。
3.シェルディッシュの開発
インタビュアー:
「本体側にも情報が書き込める培養容器」の開発に着手し始めたとのことですが、他にはどんな機能があったんですか?
桑原:
研究者の「あったらいいな」をカタチにしようと、シャーレ(ディッシュ)に関する困りごとを収集し、様々な機能を盛り込みました。
当時、すでにノーベル賞の受賞が期待されていたiPS技術が話題になっていましたので、細胞培養用途で開発する方針にしました。
まずは、取り違え防止のため、本体側にインデックススペースを設けました。
次に、細胞培養時にピペット操作で容器の蓋を大きく開放してしまうとコンタミネーション(※2)の恐れがあるため、指一本で少しだけ開け閉めできるように工夫をしました。
また、蓋を少し回転させるだけでロックがかかり、解除も容易にできるような機能を付けました。これによって、複数のシャーレを重ねて持ち上げる際に一番下の本体側だけ取り残してしまう、といったトラブルをなくすようにしたのです。
インタビュアー:
まさに1つでいくつもの悩みを解決する多機能ディッシュが完成したということですね!
桑原:
はい。
「シェルディッシュ」という名前も、形が貝(シェル)のような構造になっていることから、有名な絵画・ボッティチェリのヴィーナスの誕生をイメージしながら命名しました。
4.製品開発の苦労
インタビュアー:
たくさんの機能を盛り込んだ「シェルディッシュ」ですが、そこには苦労もあったのではないですか?
桑原:
シェルディッシュは、内部に親水化処理を施しています。これにより、容器内部に均等に溶液が広がり、細胞が接着しやすくなります。
また大量生産をするために、製品を作るための金型の準備や、製品の品質管理のためにパーティクル(※3)やパイロジェン(※4)の管理、生産を自動化するためのライン設計など、たくさんの準備が必要でした。
今では、あたりまえに思える技術や知識が当時はまだなく、まさに手探り状態でした。
インタビュアー:
そんなに!
桑原:
結果、シェルディッシュは構想から販売まで、1年と数か月の期間を要しました。
新たな要望を聞く度に改良を重ね、何度もサンプルを作りました。
開発費用はどんどん膨らみ、製品の値段は高くなってしまいましたが、その分製品の付加価値で、コスト以上のメリットを感じていただけるのでは?という期待がありました。
5.売れなかった事実
インタビュアー:
苦労の末の製品化、喜びもひとしおでしたよね。
桑原:
確かに出来上がった製品は、海外有名ブランド品に比べても明らかに仕上がりが良く、フラットで、光輝いて見えました。さすがにMADE IN JAPANは違うな、と。
しかし、残念ながら販売成績は振るわず、結果的に数年後には廃番になってしまったんです。
インタビュアー:
え!?そうなんですか!?
桑原:
たくさんの人の意見を聞き、いろいろな要素を次々と盛り込んで、てんこ盛りにした結果・・・多機能すぎて、かえって使いづらくなったようです。
インタビュアー:
なるほど。多機能だから良い、というわけではないのですね。
桑原:
長年続く定番アイテムだけに、これまでの製品との大幅な違いが、ユーザーにとってはマイナスになったようです。
容器を変えると今までの実験データの蓄積が台無しになる、既存の論文に載っている容器で実験したい、というお声をたくさんいただきました。
しかし、この失敗が今に繋がっていると思うんです。
6.残った教訓と開発技術
桑原:
この時、長い歴史を持つシンプルな製品を変えることは、本当にハードルが高いと痛感しました。
もともと当社の強みであったアイディア力とスピード力を生かせる新分野とは何か?
それを考えるきっかけになったのです。
当時は辛かったですが、後で考えてみると、高い技術と品質・表面処理も求められる細胞培養容器の完成に至り、iPS細胞の培養試験もクリアさせた実績が残りました。また、メディカル用途にも対応可能な工場とのパイプができました。
このことは、大変大きかったと思います。
インタビュアー:
失敗の経験が今をカタチづくっているのですね。
後に細胞のライブ輸送と培養の容器ブランド「iP-TEC」の祖になった「シェルディッシュ」の発売。
サンプラテックでは、本社4階企画開発部フロアに「シェルディッシュ」を飾り、この時の教訓を活かしながら、日々新しい製品を生み出しています。
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